Dark blueの絵日記

ハロプロ関連の記事が主。後は将棋と猫を少々

りんご 3

あれから二週間ほど立ったある夜だった。

やっと仕事が一段落して自分のマンションに帰ったのは、
午後10時過ぎだった。ソファで寛いでワインを呑んでいる
時だった。携帯の着信音が鳴った。

番号でりんごとわかる。少しの間りんごは黙っている。
「りんご、どうしたの?」

答えないので、
「りんご、何かあったの?今日は大阪でライブ
だったよね。今何処?」

「今、マンションの入口に来てます」

一瞬、意味がわからなかった、
すぐにこのマンションの入口だとわかって、

「どうやって此処に来たの!?」
「大阪から新幹線で来て、博多からタクシーで・・・」

「だから、なんでこの場所がわかったの」
「だって、名刺の住所をタクシーの運転手さんに言って
探して貰って来たの」

思わず、帰れ。と言い掛けてあわてて呑み込んだ、
こんな夜中に女の子を一人に何処へ帰そうと言うんだ。

「わかった。すぐ降りて行くから、そこで待ってて」

私が行くと、キャリーバックを持ったりんごが居た。

りんごは四色の色柄のシャツに黒いスカートで
メガネを掛けている。
それが大人びた感じがして、戸惑いを覚えた。


としことの約束もあり、このままりんごを部屋に
入れていいのものかという思いもあって、
何処かホテルへりんごを連れて行こうかとも考えた、

それをまるで察したかのように、
りんごはキャリーバックを離すと、私をきっと見て


「わたしをつかまえて」

「えっ?」
「わたしを捕まえて。わたしを追いかけて捕まえて」

「なんだって?!」


「でないと、わたしは遠くへ行っちゃうよ!」
そう言うと、いきなり身を翻し、暗い通りへ駆け出した。


何を言ってるのか、まったく意味がわからない。
とにかく追い駆けるしかない。


りんごは全力で駆けていて、
必死に私が追い駆けてもまったく差がつまらない。


幸い通行人は見当たらなかったが、もし見られていたら
男が若い女の子を追い掛け回していると、通報されかねない。


百m以上追走したが、
年の差もあるし、さっきまで呑んでたワインが
効いてきたのか、息がつまり苦しくてたまらず、
止まってしまう。


私が道路で大の字になってハアハアと息をついてると、
足音がして、見るとりんごが戻ってきた。
心配そうに見ている。


「死んじゃいそうだ」
と情けなさそうな声を出すと、

りんごは側にしゃがみ込んで、
「死んじゃ嫌!」


「ほら、心臓が爆発しそうだ・・・」
と指し示すと、
りんごは私の左胸に手を当ててくる。

その手を掴まえてぐいっ引くと、りんごは私の上に倒れこんだ。


「よし。捕まえた」


下から、がっちりとりんごを抱きしめる。
顔の表情は暗くてわからないが、別段抵抗する様子もないので、
抱き寄せると、
その唇にキスした。


キスした時、一瞬身を固くするのがわかったが、
すぐに力を抜くと、私のされるがままだった。


りんごとの初めてのキスだった。


ようやく唇を離すと、りんごはそろそろと身を起こし
立ち上がった。

もう動悸は治まっていたが、わざとゆるゆると起きると、
りんごに腕を差し伸べた。


185以上ある私とりんごとの身長差は相当なものだが、
それをものともせずに私の腕を掴まえて抱え揚げようと
するりんごは力強かった。

立ち上がった二人は少しの間抱き合っていたが、
身をぴったりと寄せ合って歩き出した。


まるで私から逃げるように夜の街を走り出したりんごの
気持ちを考えていた。


りんごを私を試していたのかもしれない。
そして、自らの気持ちも試していたのかもしれなかった。


そして、りんごは決心したようだった。


部屋に入ると、もう一度二人は抱き合った。
もう後戻りは出来なかった。
そして、りんごを抱き上げた。



まるで天使の羽のように軽かったので驚きを隠せなかった。



一夜が明けて、目を覚まして時計を見たら6時過ぎだった。
その時携帯が鳴った。


手を伸ばして携帯を取ると出た。

「としこです」


一瞬喉がつまって声を出せなかった。
少しの間お互い黙っていたが、何とか声を出して、


「りんごは、ここにいます」


一緒のベッドで、りんごがやすらかに眠っている状況では、
言い逃れできないなと思う。


としこは、落ち着いた声で、わかりましたと言うと


今大阪だけど、これからこちらに来てもいいかと
聞いたので、もちろんいいと答える。

では、10時頃に駅に着くと言ったので、
着いたら連絡してくれれば迎えに行くと答えた。


それから考え事をしていたら、眠ってしまっていたようで、
物音で目が覚めて、起き上がる。


キッチンの方から、トントンと何かを刻む音が聞こえてくる。


行ってみると、キッチンに向かうりんごの後ろ姿が見えた。
鍋がコトコトと音を立てる。


しばらくそのりんごの後ろ姿を見とれていた。


目が覚めると、女の子がキッチンに立って朝食を
作ってくれている状況は男冥利に尽きるなと思う。


洋子とは外で泊まったし、この部屋に来る事は無かった。
それにりんごより年上の洋子は男に料理を作るような
タイプでは無い。
むしろ、私が料理を作ってやっただろうと思う。


独身時代が長い事もあり、それと料理も好きだったから
ほとんど自炊する事が多かったので、大体の調味料は
備えていたし、大型の冷蔵庫には野菜や肉、魚も十分に
入っていた。


朝は和食が多かったが、りんごが来るとわかっていれば、
全粒分のパンを買っておくのだったと思った。


りんごに歩み寄って後ろからそっと抱きしめた。

「おはよう」


りんごは首をまわして私を見上げると、

「おはよう」と笑顔で言った。


りんごは出来上がった朝食をテーブルに並べた。


「お口に合うかどうかわからないけど、冷蔵庫に
前に作った事のある材料が揃ってたので作ってみたの」


中身が玉ねぎと人参のオムライス。
肉巻きピーマン。
ズッキーニと茄子とトマトの冷製サラダ。
オクラ納豆に卵の黄身。
ほうれん草の胡麻和え。
わかめと豆腐のお味噌汁。ご飯。


「すごい!美味しそうだね」

食べてみると少し薄味だけど優しい味がして
いかにも女の子の作った料理だと思う。


「本当においしいよ!」

「良かったあ〜」


りんごは嬉しそうな笑顔を浮かべた。


朝食を食べ終えた時、としこから連絡が入り、
すぐに支度をして二人でレクサスに乗って博多駅まで迎えに行く。


駅ビルにある駐車場に車を入れて、
博多口の改札の出口でとしこを待つ事にする。


私は緊張していた。言わばとしことの約束を破った
形になるだけに少し気持ちが重かった。


私の側に寄り添っているりんごは、落ち着いていた。
少し不安そうな私に対しておだやかな微笑みを浮かべて
励ますような心持ちさえ感じさせる。


やがて改札口にとしこの姿が見えた。


すると、りんごが動いてとしこの方へ向かう。
としこはりんごに気がついて足を止めた。
そして両手を広げてりんごを迎えた。


りんごは足を速めて体をぶつける様にとしこに抱きついた。


私は、抱き合ったまましばらく動かない二人を見詰めた。


あの公園で争っていた二人の姿は何処にも無かった。
またとしことりんごが心を通い合わせる事が出来たのは
本当に良かったと思う。


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