Dark blueの絵日記

ハロプロ関連の記事が主。後は将棋と猫を少々

元禄の楓

楓の素性

玲奈が通りを歩いていると、北町同心の広瀬が
声を掛けて来た。

「おう玲奈、今日はお店は休みかい」

玲奈は笑顔を見せて、
「はい。あたしは休まなくても大丈夫なんですけど、
大将にたまには休めって言われて、お休みを
貰ったんです」

「そうかい。たまにはゆっくり休むのもいいさ。
ところでお昼だけど飯は食ったのかい?」

「いえまだなんですが」

「それなら、そこらの蕎麦屋で一緒にどうだ?
たまには俺におごらせてくれ」

玲奈はその言葉に甘える事にした。
それではと、広瀬はなじみの蕎麦屋に入ると
座敷に上がり、二人共かけ蕎麦を注文した。

玲奈は広瀬に、
「何かあたしに聞く事でもあるのですか」

玲奈は元スリだったが楓のおかげ足を洗う事が
出来たのだけど、北町同心の広瀬相手だから
少し気になったのだ。

「いや心配しなくてもいい。玲奈もかかわったスリの
元締めをお縄にした事を話そうと思ったのだ」

「そうなんですか、よかった・・・」

「そいつは年端もいかない女子供を騙して
スリをやらせてほとんどを懐に入れていた悪党で
やっとお縄にする事が出来たんだ。まず打ち首だな」

「それで、スリをやってた仲間達は?」
「本来なら遠島だが、女子供だし情状酌量して
親元へ帰して江戸払いで済むようだ」

玲奈はほっとして、うなずいた。

蕎麦が来たので広瀬はたぐりながら、
「今日は楓さんは一緒じゃなかったのかい」

「昨日、何か用事があるって今日は何処かへ出掛けた
みたいなんです」
玲奈は箸を置くと、

「広瀬さんにお聞きしたいのですが、楓姉さんの
事なんですが、姉さんと知り合ってもう一月になるけど
姉さんってどういう人なんですか?」

広瀬は顔を上げて、
「どういう人?って見た通りの人に違いないと
思うけど、綺麗で人情に厚くて優しい女で、
そして剣術の達人だし」

玲奈は大きくうなずいて、
「その通りの人なんですけど・・・例えばどんな
お仕事をしてるのかなって思うのだけど」

「そいつは俺も知らないのだけど、それは
楓さんに聞いてみたのかい」

玲奈は首を振って、
「それはあたしなんかが聞ける事じゃないし、
姉さんも自分の事は話さないし、恩人の姉さんに
詮索じみた事を聞くのは失礼ですよね。
もういいです」

広瀬は蕎麦を食い終わると箸を置き、

「その点について俺も気にはなっていたんだ」

広瀬は座り直して話を続けた。

「楓さんが江戸市中に現れたのは、一年程前だった。
年齢は二十四、五歳の楓さんは、徐々に町人達の
評判になっていた、それも口に上るのは良い事ばかり。

特に、今市中では町人出身の町奴(やっこ)達と、
武家出身の下級武士達の旗本奴達が徒党を組んで
無頼をはたらいて、お互いに対抗して死人が出る
ほどの喧嘩をしたり、迷惑の限りなんだ」

玲奈はうなずいて
「それは聞いた事あります」

「楓さんは、その乱暴者の町奴や旗本奴らに

因縁をつけられてもその度胸と気風(きっぷ)の

良さで一歩も引かずにいさめたりして、向かってくる

奴達を剣術で叩きのめした事もあったようだ」

玲奈は、
「あたしも町奴にスりがばれて追いかけられた時
姉さんが追い払ってくれて助かったんです」

広瀬はお茶を飲むと、
「それは助かったな。町奴に捕まったスリは
腕の一本は切り落とされたところだ」
「・・・はい」

「俺が楓さんと初めて会ったのは、剣術の道場で
立ち会ったのが出会いなんだ。
楓さんは男の使い手達を物ともせずに負かして、
俺もを立ち会ったがまったく勝てないんだ」

「姉さんってすごいんだ~」

「男達の評判だけでなく、女達の評判も大した
物だと聴いている。大店のおかみさんや娘達からも
よく芝居や歌舞伎の席などで楓さんを見かけるそうだ。
楓さんが歌舞伎などに非常に詳しくて、おかみさんらも
その教養に感心しているそうだ」

「そうなんです。あたしもお芝居を観に連れて行って
貰った事があるんです」

広瀬はうなずきながら、
「楓さんは底辺の女達にも慕われているそうだけど、
玲奈は『夜鷹』と言われる女達を知ってるかい」

「・・・聞いた事はあります」

「お上の公認の遊女達は吉原の遊郭に集められて
いた遊女を公娼と呼ばれ、それ以外の遊女は
私娼と言われ遊女屋で商売をしてたのだけど、
私娼の中で、夜、道端で身を売る最下等の
遊女を夜鷹と言う。

その夜鷹は『とうがさ』という性病にかかって
しまい、そんな夜鷹を男は誰も買わないし、
病気も酷くなり、食い詰めた夜鷹は、ついに
川に入り身投げをした」

「・・・・」

「それを楓さんが見ていて、腰まで浸かりながら
夜鷹を助けたそうだ」

玲奈は息を吐いた。

「夜鷹は楓さんに助けられて息を吹き返したのだけど、
なぜ助けたのかと泣き崩れていたそうだ」

玲奈はこぶしをギュッと握り締めた。

「そんな夜鷹を楓さんはまず温かい物食べさせ、
宿屋に一晩泊めた後、医者に診させた上に、
医者にかなりの額の銭を置いて行ったそうだ」

「楓姉さん・・・」
玲奈はこぶしで目を拭った。

「その後もその夜鷹の面倒をみていたそうで、
他の困っている夜鷹達も親身になって相談を聞いたり
銭を握らせて世話をしていたそうだ。
そんなわけで楓さんは夜鷹仲間からまるで
観音様のように尊敬されて、
楓さんのためなら命がけでも恩を返したいという
夜鷹も多いと聞いている」

玲奈もきっと顔を上げて、
「あたしも、楓姉さんには一生かけても
返せないほどの恩を受けています・・・」

「お縄にしたスリの元締めの悪党なんだが、
何でも楓さんはその元締めに、玲奈を
自由にしてくれと掛け合ったそうだが、
元締めは、玲奈を食わして世話をするのに
随分銭を使ったからその分を払えと法外な
金額をぬかしたそうだが、

楓さんは元締めの言いなりの銭を渡したと
スリ仲間の子分が言っていたのだけど、
なんでも、楓さんは小判を何枚か払ったそうだ。

楓さんも悪党言う事なんか、突っぱねて玲奈を
連れて行けばいいのだけど、それをやると、
後元締めの仲間達で意趣返しで玲奈を酷い目に
遭わせかねないから言いなりになったと思う」

それを聞いた玲奈はついに大声で泣きながら、
「そんな事知らなかったー!
うちなんかどうなってもいいのに、
楓姉さんは、本当の観音様ですぅ!」

「確かにそうだな。しかし人助けするには大金が
いる。楓さんはどんな仕事で銭を得ているのか、
誰も知らない。楓さんも誰にも話さない・・・」

 

続く。