Dark blueの絵日記

ハロプロ関連の記事が主。後は将棋と猫を少々

帰郷 5


最終審査に残った6人は、年末にかけて3日間の合宿に
入っていた。
6人には課題曲が与えられて厳しいレッスンなどで、
ハッピー・ドリーム。の一員としてふさわしいか
見極められる。


過去の合宿では参加したメンバーが全員合格した例も
あるが、今回のオーデションの主旨が即戦力としての
エースを見出すとうたっていることもあり、当然
合格する人数はしぼられると思われる。


寺内の頭の中は希美の事が離れられなかった。
彼女を特別扱いするつもりは無かったが、どうしても
気になっていた。


会長の圧力に屈するつもりは毛頭無かったが、
彼女を通すにしろ落とすにしろ、寺内の姿勢が問われる
ことになる。


選考をする者としてはやってはならない事かも
しれないが、1次の審査をした者から、希美の事を
聴かずにはいられなかった。


安倍希美さんの事はよく憶えていますよ
最初彼女を見た時、顔にペイントでもしているのかと
思いましたよ、よくそんなことをする子がいますしね。
物怖じしないで堂々としていたし好感を持ちましたよ。


他の参加した女の子達とは、最初は浮いてましたが
すぐに打ち解けて何人かの子達と話をしていました。
彼女が通過した時、落ちた子のひとりと抱き合って
喜んでいたのが印象的でした』


すべては合宿の結果だと、寺内は思った。
虚心に彼女の実力を見極めることだけだった。



遠い九州の地でなつみは希美のことを思いやっていた。
最終審査の6人の中に希美が残ったことを知った時、
喜びよりも不安の方が大きかった。


テレビに大きく希美の顔が映った時、その思いが
強かった。テレビでは希美の痣のことは
触れられていなかったが、世間の注目を浴びている
ことは、肌で感じた。


希美の歌手になりたいという夢をかなえてやりたい、
なんとか合格させてやりたい、しかし、なつみの
心の奥底では希美が世間の風にさらされるのを
恐れていた。


なつみにとって、ハッピー・ドリーム。を観る
思いは特別なものがあった、7年前のオーデションを
思い出していた、もしかしたら、自分がメンバーに
なっていたかもしれない、ハッピー・ドリーム。
のオーデションに、妹の希美が挑戦しているのは、
因縁めいたものを感じずにはいられなかった。


今すぐ希美の元へ飛んで行きたかったが、夫の仕事は
客商売で年末年始は休めないでいた。
夫を残して自分一人で帰省するわけにはいかなかった。



すべては年明けのハッピー・ドリームの番組で
発表されることになっている。



帰郷 6


最終審査を前にして、その模様を放送するテレビ局は
残った6人の合格へのドキュメンタリーを企画
していて、6人をテレビ局へ呼んでインタビューを
行っていた。


もちろん希美もテレビ局へ出向いた。
控え室で6人は待たされていた、他の5人はなんとなく
希美を敬遠ぎみにしていた。


希美は喉の渇きをおぼえ、ジュースを買うために
部屋を出た。


自動販売機を探して廊下を歩いていると、目指す販売機を
見つけて近寄った。
そんな希美を注目している人物がいた・・・。


販売機の前で小銭を握りしめて希美が何を買おうかと
迷っていると、中年の男が希美の後ろに立った。


希美がオレンジジュースにしようか、それとも
アップルジュースにしようかとなおも迷っていると
後ろの男は、じれたように言った、


「まだかいな、お嬢ちゃん早ようしてや」


希美が振り返ると、そこには前髪がすっかり薄くなった
小太りの50歳ぐらいの男が立っていた。


「ごめんなさい〜お先にどうぞ」


希美が言うと、


「すまんな、年を取るとすぐに喉が渇いてくるんや」


男は小銭入れをポケットから出すと、中を探って
小銭を取り出し販売機に入れようとした時、
手から百円玉が落ちた、百円玉は、ころころと転がり
販売機の下に入ってしまった。


男は、ちょっとかがんで販売機の下を覗いたが、
すぐに諦めてまた小銭入れを探り出した。


「おじさん!お金を探さないの」


希美の声に男は、


「ああ、無理や、奥のほうに入ってしもうて
取れないんや」


「そんなことないです!じゃあ、私が探してあげます」


希美は床に這いつくばるようにして、販売機の下の
わずかな隙間に腕を突っ込んでお金を探し始めた。


「お嬢ちゃん、やめとき〜服が汚れてしまうやないか」


かまわず希美はなおも奥のほうに腕を伸ばして探したが
お金は見つからなかった。


「ほら、だから言ったやろ、たかが百円ぽっちでこんなに
服や手が汚れてしもうて」


希美は、きっと男の顔を見て、


「そんなことないです!百円だって立派なお金なんです、
たとえ十円や一円だって大事に使ってあげないと、
お金が泣きます」


男は頭をかいた、


「・・・そうやったな、子供に教えられるとは、
このことやな、お嬢ちゃん、お金を探してもろうて
すまんかったな」


希美は首を振った。


男は小銭入れを探っていたが、


「あかん!もう百円玉が無くなってしもうた」


男は財布を取り出した、ぶ厚い財布にはぎっしりと
お札が詰まっていた。


「こらあかん、千円札も無いわ、一万円札ばっかりや」


そこで希美は販売機に小銭を何枚か入れると、男に、


「おじさん、何を飲むのですか?」


「ああ、お茶を飲みたいとおもうていたんやけど」


希美はお茶のボタンを押した、ガタンと缶が落ちてきた。
それを男に差し出した。


「はい、これを飲んでください」


男は少しの間、希美を見ていたが、


「すまんな、そやこれを取っといてや」


男はお茶の缶を受け取ると、財布から一万円札を一枚
抜き出した。


希美は驚いて強く手を振った、


「そんなの受け取れません!おじさん、テレビ局の人
なんでしょ、今度会った時に返してくれればいいです」



希美と男は、側の腰掛ける場所に並んで座って飲み物を
口に入れた。


「お嬢ちゃん、今日はテレビ局へ何の用で来たのかい」


「私、オーデションを受けて運良く最終審査に残ったん
だけど、それでここのテレビ局に呼び出されたんです」


「そうなんや、オーデションと言うと・・・」


ハッピー・ドリーム。のオーデションです」


「そうかい、ハッピー・ドリーム。ならよく
知ってるよ、するとお嬢ちゃんは、
歌手になりたいんやな」


「はい!なりたいです」


希美は笑顔で言った。




帰郷 7


その時、テレビ局員らしい男性が通りかかった。
男性は一礼すると、


「川崎さん、来てらしたのですか」


「ああ、ついでがあったのでな。今一息入れてるとこや」


男性が去ると、川崎は希美に、


「どうや、オーデションは通りそうかい」


希美は笑って首を振った、


「無理っぽいよ、だってここまで残れたのが奇跡的だもん」


川崎も笑って、


「そんなことないやろ、しかし落ちたとしてもこれからや、
 まだ若いんやしな」


「そうですよね」


「・・・その顔の痣はどしたんや、転んで打ったんか」


川崎は、さりげなく言った。


希美は、頬の痣を手で触れながら、


「違うよ、生まれた時からあるの・・・」


「そうか。そうやったら今まで嫌なことがあったやろ」


「あったよ。でも、もう慣れたよ」


希美は、川崎の顔を見て言った。


「もう慣れたか。嫌な事を聴いてしもうたな、
すまなかったな」


「そんなことないよ、なんでもないです」


希美は笑顔で答えた。


川崎は、うなづくと立ち上がった。


「そうか、お茶をありがとう。オーデションは
頑張ってや、何事も諦めずにやれば出来ない事は
ないんや」


川崎は、力を込めてそう言うと去って行った。


希美は、ちょっとおかしなおじさんだなと思って
川崎を見送った。


川崎がハッピー・ドリーム。の事務所の会長とは、
まったく気がついていなかった。



川崎は、これから寺内と会う約束があった。
自分の事務所では何かと不都合なので、このテレビ局の
一室を借りて会うことになっていた。


寺内の顔を見た川崎は、


「どや!は決まったんか」


「なんのですか」


「決まっとるやろ!オーデションの結果や!」


「すぐにわかりますよ」


寺内の腹は、すでに決まっていた。


「そうか。前に言ったことは忘れてくれ、すまんやった」


寺内は笑って、


「会長のお気持ちは、よくわかっていますよ」


「そうか、しかしお前のことやから、ああ言ってても
落とす時は、冷酷に落とすんやろ」


寺内は笑って答えなかった。


「で、今日は何の話しや」


「そのことですが、誰が落ちることになっても、
最終審査に残った6人はみな将来有望な子たち
ばかりです。それで、この先なんらかの形でデビュー
させたいのですが」


「そうか、わかった。その方向で進めることにする。
 あの子、安倍希美という子も同様なんやな・・・」


「もちろんです」


「あの子は、いい子や・・・」


「会われたのですか」


「今日、このテレビ局で偶然会ったんや」


「本当に偶然なんですか・・・」


「それは、聴かんといてくれ、ひと目会いたいとは
思ってはいたがな」




九州のなつみは、ようやく夫が正月休みが取れて
帰省の支度をしていた。明日、特急と新幹線を乗り継いで
帰る予定だった。


その日の夜だった、夫も側に居た。



突然電話が掛かって来た。



帰郷 8


希美はテレビ局を出た。
駅に向かいながらぼんやりと考えていた。


2日後には、寺内の前で課題曲のレコーディング審査を
行い、すぐに合格の可否が発表される。


年末の3日間の合宿では、厳しいボイストレと
ダンスレッスンが行われた、最初日は戸惑い課題曲を
上手く歌えなかったが、希美なりに精一杯の努力を重ねて
3日目にはなんとか歌えるようになった。


後は最終審査となるレコーディング審査に向けて、
毎日寝る間も惜しんで課題曲を歌い続けていた。


ふと、前を母親に手を引かれて歩いていた、
小さい女の子が目に止まった、その時、突然その
女の子は何かに気を取られたのか、母親の手を離れて
車が激しく行きかう車道に飛び出した。


母親の悲鳴に、希美はとっさに車道の女の子へ走り、
その子を抱え込んだ時、
ブレーキが間に合わなかった
車に接触して、跳ね飛ばされた。


希美は飛ばされながら、無意識に女の子を庇って上に
抱いたまま、道路に頭から激しく叩きつけられた。



突然電話が掛かって来た。


なつみが出た。


「はい、鈴木です。あっ、お母さん・・・」


夫は、向こうを向いて話していたなつみの肩が急に
震え出したのに気がついて、不振に思いなつみの
顔を見た。


なつみは奇妙なほど顔を歪めて泣き出しながら、


「のんちゃんが・・・のんちゃんが」
後は言葉にならない・・・。


「泣いてちゃわからないよ!いったい何があったんだ!」


「のんちゃんが、事故に遭って意識不明の重態だって」


夫はすぐに理解すると、時計を見た、


「よし!これからすぐに空港へ行けば最終便に
間に合うかもしれない、すぐに出よう!」


ふたりはすぐに家を出て車で空港へ向かった。
空港へは、通常1時間以上かかる。車を飛ばして、
間に合うかどうかギリギリの時間だった。


帰省客のUターンラッシュで空席があるかどうか空港に
電話を入れてみると、ふたり分の空席は確保できる
ようだった。


空港へ向かう国道は車で混雑していた。
夫はイライラする思いでハンドルを握り締めていた、
なつみは助手席で、下を向いて押し黙ったままだった。


ついには、ようやく別府市街を抜けた時、最終便の
時間が過ぎていた。空港へ携帯から電話してみると、
すでに飛行機は出発したとのことだった。


「仕方ない、明日の一番の飛行機で行くしかないよ」


家に帰り、まったく何も手がつかずうわ言のように、
のんちゃん、のんちゃん・・・と泣きながら
つぶやいているなつみに、夫は肩を抱きながら、


「大丈夫だ!のんちゃんは絶対に大丈夫だ、
何かあったらすぐにお母さんから連絡が来る、
こないうちは大丈夫だ!」



翌朝、ふたりは東京に降り立ち、ただちに希美が
収容されている病院に向かった。


なつみは涙も枯れ果てて、うつろにタクシーに
乗っていた。目は真っ赤で、昨夜は一睡もして
いなかった。


病室の前でなつみは一瞬たじろいだが、
思い切ってドアを開けた。


希美は、ベッドの上に上半身を起こし母親の
剥いてくれたリンゴを食べていた。
頭には白い包帯がグルグルと巻かれていた。


それを見たなつみは、全身の力が抜けていた。