Dark blueの絵日記

ハロプロ関連の記事が主。後は将棋と猫を少々

その後

亜依からの手紙



なつみが病室に戻ると、希美はベッドの上に半身を
起こして手紙を読んでいた。


「また加瀬さんのお手紙読んでるんだ」


希美はその手紙を封筒に入れると、胸に抱いた。



去年のオーデションの最中だった、寺内はメンバーの
加瀬亜依から、3次に残った希美に会ってみたいと
いうことを聞いた。

寺内は亜依に電話をかけた。



「加瀬があの子に会いたいという気持ちは
わからないでもないが、あの子は候補者の一人に
過ぎないし、今メンバーの加瀬が会うのは
まずいと思うが」


『それはわかってます、けどテレビで見たあの子に
なんだか会ってみたくてたまらないんです・・・』


「・・・会うのはやはりまずい、しかし偶然テレビ局か
どっかで会うのは仕方がないことだが」




テレビ局で、希美はジュースを飲んでしまうと
控え室へ戻ろうと廊下を歩いていると、女性に
呼び止められた。


希美は言われるままに、ある部屋に入った。
そこはメイクルームらしくて、大きな鏡があった。


女性は、希美を置いて出て行った。


腰掛けた希美は所在なげに辺りを見回した、
大きな鏡の方は自然に避けていた。


ドアが開いて誰かが入って来た。
希美は思わず立ち上がった、


「あっ!あいぼんだ〜!」



亜依は予期していなかったのか、近寄ってくる希美を見て
一瞬、体をビクッと震わせた、



「あなた、安倍希美さんですよね・・・」


「ハイ!」


亜依は希美のを見て、ちょっとどぎまぎして
視線をそらした、
希美はかまわず亜依の側に行き、亜依を見つめた。


ハッピー・ドリーム。のコンサートには何度も
行っているが、こんな真近で亜依を見るのは
初めてなのだ。
亜依はいつも見るように髪をお団子にしている。


少しの間二人は立ったまま、もじもじしていたが亜依が
うながして、化粧台の前に腰を降ろした。


あいぼんは・・・」


希美は、いけないという風に舌を出すと、


「加瀬さんは、どうしてここに?」


あいぼんでいいよ、さっき局の女の人に
顔を直すようにってそれでこの部屋に」


「ふ〜ん、紺の服を着た女の人?」


亜依はうなづいた。


「私も同じだ〜」


それを聞いて亜依はなんとなく理解した。


「オーデションのテレビを見たけど、歌上手ですね」


希美は嬉しそうに1次、2次の選考会の話しをした、
3次も通過してまるで夢のようだと笑顔で話す希美に
亜依も少しずつ気持ちがほぐれていった。


ふたりは同じ歳で、学校の事などを話し勉強は苦手なのが
同じだと笑い合った。


合宿の話になり、亜依も自分の合宿の事を思い出した、
課題曲のレッスンは辛かったけど、またどこか
楽しくもあった合宿は、亜依と希美の共通の思いだった。


「最終審査頑張って、絶対に
ハッピー・ドリーム。に来て!」


亜依の励ましに、希美は力なく笑った、


「これまで精一杯頑張ったけど、もう限界っぽいよ、
ここまで残っただけでも奇跡的なんだもん、それに」


希美は、頬の痣に手をやった。


「私には、ハンデがあるしね」


「そんな事ない!そんなハンデなんて・・・」


亜依の瞳から一筋のがこぼれ落ちた。


希美は唇を噛み締めて亜依を見た。


亜依は思わず、こぶしで涙をぬぐいながら、


同情じゃないからね!同情なんかで
泣いたわけじゃないからね!」


希美はうなづきながら、腕を伸ばして亜依の手を取った、
そして亜依の手を自分の頬の痣に触れさせた。


「ほら、触った感じはあいぼんのふっくらした頬と
同じでしょ、普通の女の子のと同じなんだけど」


その時ドアの外で、加瀬さん時間です、と呼ぶ声がした。


亜依は希美を強く抱きしめて、出て行った。




救急車のサイレンの音に、亜依は窓から下を覗いた、
走り去って行く救急車が見えた。
それに希美が収容されているとは思ってもいなかったが、


もうこのまま希美と会えないのではないかという漠然とした
不安を感じていた。



なつみは、病室のベッドで手紙を読んでいる希美に
声をかけた。


「のんちゃん、これからどうするつもりなの・・・」


「決まってるじゃない、私は歌手になりたい。
東京に残って勉強を続けるよ。
だからお姉ちゃんは北海道へ帰っていいよ」


「帰っていいって言われてもね〜。
あの時はああ言ったけど、考えてみれば、
旦那さんを置いて帰れるわけないよ、
お母さんも仕事があるしね」


「そうだよね〜愛する旦那さんを残して帰れるわけ
ないもんね。結局みんな残るんだ、良かった〜」


「もうこの子は〜私はのんちゃんとどこまでも一緒だよ」


「・・・私もなっちと一緒だよ」


なつみは笑って、


「そう、ありがとう。でもね、のんちゃん・・・」


希美は顔を上げてなつみを見た。



「これからは、のんちゃんの好きなようにしていいのよ、
私のことは気にしないで、自分の道を歩いて行けばいいわ」


希美はうなづいた。



事務所に顔を出した寺内にスタッフが、


「寺内さん宛てに手紙が来てるんですよ、え〜と、
鈴木なつみさんという人から」


寺内は座ると封筒から手紙を出して読んだ。


内容は、これまでの事のお礼の言葉がつづられていた。
最後に、


『希美が生まれてきて、これまで色々なことが
ありました。
心無い人からの中傷や学校でいじめられた時、
本人よりも私の方がショックを受けて
傷つけられたのです。 一度は、
このまま希美とふたりで死のうとさえ思った時も
ありました。


でも希美はそんな私を慰めてくれたのです。
いつもそうなのです。私は人間としてあの子を
尊敬しています。
私にとって、あの子は天使なのです」


「天使か・・・」


寺内はつぶやいて手紙を置いた。



希美は、もう何度も読み返した亜依からの手紙を眺めた。
その手紙の最後には、


『最初にテレビで希美さんを見た時、初めての気が
しなかった。
なにか懐かしい友達に会ったような気がしたの。


テレビ局で会って、その気持ちが強くなったの。
きっと私たちは遠い昔、
姉妹か親友だったのかもしれないよ。
寺内さんから聞きました、レッスンを続けていつか
デビューする時を心待ちにしています』


希美は、亜依の優しい瞳を思い出していた。




「なんだかこの頃頭痛がするの・・・」


希美は、まだ包帯が取れない頭に手をやった、


「大丈夫?調子に乗って動いたりするからよ」


「うん」


「もう休みなさい」


なつみがタオルを洗っていて振り返ると、
希美は眠っているようだった。


シーツを上げてやると、
胸に亜依からの手紙を抱いていた。


なつみが、用事で病室を出て行った後、


医師と看護士が希美の病室に入ってドアを閉めた。



       
        完。