Dark blueの絵日記

ハロプロ関連の記事が主。後は将棋と猫を少々

希望

帰郷 9



「お姉ちゃん・・・」

なつみは持っていた荷物をドスンと下に落とすと、
ベッドに足早に近づいた。
側の椅子に座っていた母があわてて立ち上がった。


「のんちゃん、無事だったんだね・・・事故に遭って
意識不明って聴いた時は、心臓が止まりそうだったよ」


なつみは確かめるように、希美の顔を覗き込んだ。


「昨夜は不安で不安でたまらなかったんだよ〜
のんちゃんが死んじゃったら、なっちも生きて
いけないよ」


涙ぐんでいるなつみに、希美はなつみの頬に
手をやりながら、

「私は簡単に死なないよ、なっちより先には死なないよ」


それを聴いたなつみは、涙を拭いながら笑った。


「そだね、なっちより先に死んだらだめだよ〜」



外で待っていた夫が入って来て、希美の姿を見て
安心したように声をかけた。


母がなつみを外へ連れ出して、経過を話してくれた。

「昨夜遅く、あの子の意識が戻ったの・・・、
それからは、お医者さんも驚くほどの回復力だって、
今日精密検査をするけど、あの様子だったら
大丈夫だって」


「そうだったの、あの子は強いもんね、心も体も」


「そうだね、後遺症が出なければ、
2、3週間で退院出来るそうだよ」


なつみは、忘れていたオーデションのことを思い出した
希美は、明日が最終審査だと言っていた・・・。


「あの子ね、意識が戻ってすぐ、お姉ちゃんは何処って
聴いたんだよ・・・」


なつみはなにかが込み上げてきて、母の手を握り締めた。


翌朝、なつみは病院にやって来た。
昨夜は夫の実家が近いのでそこで泊まり、安心したせいで
ぐっすりと眠ることが出来た。


付ききりだった母を休ませるために帰し、しばらくは
なつみが希美の側にいるつもりだった。


希美は寝ているようだった。


ベッドの側に腰掛け、希美の寝顔を見つめた。
母から、女の子を助けてようと飛び出して事故に
遭ったと聴かされた、女の子は怪我ひとつ負わずに
無事だったそうだ。


しかし、そのために希美は最終審査のレコーディングに
出られなくなってしまった。


事故を知って寺内から電話がかかって来て、なつみは
最終審査の辞退を申し入れたところだった。


「のんちゃんは立派だよ、ホントに。でもそのせいで
最終審査に行けなくなって、口惜しいだろうね、
なっちも口惜しいよ・・・」


「仕方ないよ」


その声に思わず希美の顔を見た、


「なんだ、のんちゃん起きてたの」


「お姉ちゃんの泣き言で目が覚めたよ」


「もう、この子は〜お姉ちゃんの気持ちも知らないで」


「わかってるよ」


「のんちゃん、口惜しくないの」


口惜しくない!どうせ落ちるに決まってるもん」


希美はシーツを頭までかぶって言った。




ハッピー・ドリーム。の番組でオーデションの
終結果が発表される日が来た。


なつみはなんとなく、テレビをつけるのがためらわれた、


「お姉ちゃん、テレビをつけないの、私が合宿でみっちり
しぼられるところを見たくないの」


希美の声になつみは笑って、テレビをつけた。




 帰郷 10


番組は、過去のオーデションの模様が映っていた。
最初はハッピー・ドリーム。が誕生するきっかけに
なったオーデションで、落選した者の中から4人が
選ばれてユニットを組んで今のハッピー・ドリーム。
が結成された。


最終審査に残った11名の合宿の様子が映っている。


「あっ、お姉ちゃんがいるよ!」


「え〜!どこどこ!」


なつみが映ったのは一瞬で、すぐに場面は
切り替わった。
なつみにとってこの合宿は今は懐かしい思い出だった。


「お姉ちゃん、どうしてあの時呼ばれたのに東京に出て
行かなかったの?」


当時、一家は北海道に在住していた頃だった。


「・・・もう昔の話だよ、忘れちゃった」


番組は進み、新メンバーのオーデションの風景になり
希美の姿が映し出された。


そして残った6人の合宿の様子が映る。
ボイスレッスン、ダンスレッスンと、課題曲と
振り付けに取り組む6人の様子がドキュメンタリー
で流れる。


「ダンスレッスンの先生は、私の時と同じ
先生だよ〜、懐かしいな、厳しかったけど本当に
真剣に教えてくれたな」


なつみは感慨深げに言った。



希美のボイストレの様子が映る。
希美は、じっと自分の姿を見つめている。


最初は先生から激しく叱責さて泣きそうな顔に
なっていたが、最後の日には先生からようやく、
よしと言う声を聴けた。


「のんちゃん、本当に頑張ったね〜」



合宿も終了して、いよいよ最終審査のレコーディング審査
となった。寺内が登場した。


長髪だが、メガネをかけ背広をきちっと着けて
候補の女の子達を鋭く見つめる姿は、一見冷たそうに
見える。


そこには、希美の姿は無かった。
テロップで、『安倍希美さんは辞退されました』 
と出た。


希美を見ると、シーツを顔にかぶってしまっていた。


5人の審査がすべて終了して、いよいよ合格発表となる。


寺内の顔が映し出された、


「合格者の名前を発表します。合格者は・・・」


関西出身の女の子の名前が発表された。


「今回は、彼女一人だけの合格とします。予定では、
複数の合格者を出したいと思っていたのですが、結果的に
このように一人だけになってしまいました」


ただ一人だけ合格した女の子は手で顔を覆っていた、
他の者は、茫然として声もなかった。



なつみはテレビを消した、
希美のほうを見ると、シーツをかぶったままだった。

「のんちゃんはよく頑張ったよ、最終審査まで
残れたのだもの。お姉ちゃんはのんちゃんを尊敬するよ、
本当に立派だった」


シーツをおろして希美は顔を出した、
ひと筋の涙が流れていた。


「自信はなかったけど、私なりに精一杯頑張って
合宿まで残れたんだし、良かったと思う、
けどね最後に歌えなかったのは・・・、
やっぱり、口惜しいよ!」


希美はまたシーツをかぶった、顔の辺りが震えていた。


なつみは近づくと、シーツの下の希美の手を取った、
ふたりは強く手を握り合った。




翌日の午後、病室のドアがノックされた、
なつみが返事をしてドアを開けてみると、


花束をかかえた寺内が立っていた。




帰郷 11


寺内が入って来たのを見て、希美はベッドで
体を起こそうとした、



「あ、そのままでいいよ、元気そうだね、
最初事故で重態だと聴いて心配してたけど、
本当に良かった」


寺内はなつみに椅子をすすめられて腰掛けた。


なつみも椅子を持ってきて座って、

「そうなんです、私も九州で事故を知って飛んで
きたんですけど、この子は昔から体だけは丈夫なんです」


「体だけはって、どうせ私は頭は悪いですよ〜」


「もう、寺内さんの前でなにを言うのよ、でも事故で
頭を打ったおかげで少しは良くなったんじゃないの」


ふたりのやりとりに寺内も笑った、


「その調子だと、怪我の方は大丈夫のようですね、
そうだ、これを持って来たんですよ」


寺内は持っていた紙バックの中から、ハガキやメールを
写したものをたくさん取り出した。


「オーデションが進むに連れて、安倍希美さん宛の
励ましのハガキやメールがたくさん届いています、
これはほんの一部です」


希美はそれらを受け取って眺めた。


「のんちゃん、よかったね〜みんなも応援して
くれてたんだね」


「実を言うと昨日の放送の後、テレビ局や事務所に
たくさんの抗議の電話がかかってきたのです、
安倍希美さんはどうして出ないのかと。 
中には、私共が希美さんの最終審査を
差し止めたのではないかと疑う人もいました。


私は希美さんが事故に遭ったことは伏せていましたが、
私の説明にどうしても納得出来ない方や、一部
マスコミの方々に理由を求められて、希美さんが
入院されてることを申し上げました。もちろん、
どこの病院に入院したかは誰にも話していません」


「そうでしたか・・・」


寺内は、なつみをじっと見つめていたが、


「失礼ですが、お姉さんは安倍なつみさん
ではないですか」


「・・・はい。今は結婚して鈴木なつみですが、
オーデションには、安倍なつみとして受けました」


「やはりそうでしたか、なつみさんのことはよく
憶えています、あのオーデションでは惜しくも
落選して、その後上京するよう連絡を
差し上げたのですが、とうとう来てもらえませんでした」


なつみは、頭を下げた・・・。


寺内は、希美の方へ向き直った、


「私としても希美さんのレコーディング審査での課題曲を
ぜひとも聴きたかった、本当に残念です。本当に・・・」


希美は唇を噛み締めた。



なつみは病室を出た寺内に、

「少しお時間がありましたら、お礼を申し上げたい
のですが」


「とんでもない、私は礼を言われるような事は何も
していません」


二人は、誰もいない病院の屋上に出た。


屋上から東京の空を眺めながらなつみは話した。


「希美が最後の6人に残れて、合宿までこぎつけたのは、
寺内さんのおかげだと思います。ありがとうございます」


なつみは深く頭を下げた。


「さっきも言ったように、私は何もしていません、ただ
選考者として、有望なものとして残すべき人を残した
だけなのです。
それよりも、私はあなたのことを知りたい、なぜあなたは
東京に出てこなかったのですか、出てくれば、
当然、ハッピー・ドリーム。は、なつみさんを含めた、
5人でのユニットしてデビューしてたはずなのです」



帰郷 12


なつみはしばらく黙っていたが、


「あの時連絡を頂いた時は、心が激しく揺れ動きました。
でも、これが最後のつもりでオーデションを受けたの
ですから、落選してこれで終わりにするというのが、
最初からの自分の気持ちでした」


「しかし、歌手になるのがあなたの小さい頃からの夢
だったのではないのですか」


「夢を持ち続けるのは大事だと思います。でも、それを
諦めるということも大変な勇気のいることだと思います。
私の選んだ道に悔いはありません」


「そうですか・・・」


「その後、母さんの仕事が東京で見つかり、
私たち母娘。は東京へ移り住みました。
私も高校を卒業して働きました。
私にとって気がかりだったのは、妹の希美の
ことでした。
希美を支えて行くのが、私の生きがいでした」


「そうですか・・・でも、人それぞれに生き方が
あるように、たとえ姉妹でも、なつみさんと
希美さんにもそれぞれの生き方があるのでは
ないですか」


「私たち姉妹のことは他人にはわからないことだと
思います」



「確かにそうですが、私はなつみさんが東京へ
来なかったことが今でも残念で仕方が無いのです」


「本当に申し訳ないことでした」


「あなたには、才能があった。それが惜しくて
たまらなかったのです。 もう、この話はやめましょう。
今回の希美さんの事と言い、あなたたち姉妹は私を残念
がらせてばかりですね」


寺内は笑いながら言った。


「今度の事があって希美とも話したのですが、
退院したら家族で故郷の北海道へ帰ろうと思うのです。
ですからもう私たちをそっとしておいてくれませんか」


「そうですか・・・ああ、忘れるところだった、
希美さんにもうひとつ渡すものがあったのです」


ふたりは病室に戻った。


寺内は、封筒を希美に渡した。

「ハッピー・ドリーム。の加瀬さんからの
手紙を預かってきたのです。
彼女からぜひ希美さんに会いたいと言うので、
事故に遭う日に会ったと思いますが、希美さんのことを
非常に心配していましたよ」


希美はその手紙を受け取りじっと見つめた、事故に
遭う直前に会った加瀬亜依のことを思い出していた。


加瀬亜依は、昨年に卒業する予定だったが、
まだソロでは心もとないので誰かとユニットを
組ませる予定だったが、
適当な者が見つからず、結局卒業は延期となっていた。



寺内が部屋を出ようとした時だった、
希美が声をかけた。


「寺内さん!お願いがあるのです、少しでいいですから
最後に歌を、課題曲を聴いていただけないですか」


「のんちゃん・・・」


寺内はなつみを制して、


「わかりました。聴きましょう」


「ベッドの上で、声もあまり出ないかもしれないけど、
一生懸命歌います」


希美はひと時も頭から離れなかった課題曲を歌い出した、
ボイストレの先生の言葉は頭に刻み込んでいた。


なつみは、ベッドに上半身を起こした希美の
背中を支えた。


寺内は目を閉じて聴いている。


『抱きしめて・・・』


希美は歌い切った。


即座に寺内は言った。


「よし、合格!退院したら、おって連絡があるまで
自宅で待機しているように!」


「はい!!」


希美は元気良く言った。




       終わり


帰郷について

10年ほど前、東京の自由が丘のスーパーで、
ある女の子を見かけました。 
13歳くらいのその子は暗い表情をしていました、
彼女の片側の頬一面にべったりと青黒い痣
あったのです。


それ以来その事が私の中に残っていました。
その子がその後どんな人生を歩んだかわかりません。


非常に重いテーマなのですが、彼女のことを文章にして
見たいと考えていたのです。
モデルに辻希美さんを選んだのは、
彼女の明るく可愛い個性が醜いがあったとしたら
どうなるのか、という思いがあったのです。


出来のほうは、不本意な出来で、とても痣のある女の子を
書き切れたとは到底言えません。
私の実力不足は否めません。
これについては、宿題も残っているので、また書けたら
少々、書き加えたいと思っています。