Dark blueの絵日記

ハロプロ関連の記事が主。後は将棋と猫を少々

聖少女 11

「象徴」


その日も終わり、午後8時となって帰る時間になる。
さゆは私にぴったりと体を寄せると、背に両手を回し
じっと見つめてくる。
瞳の奥がきらめいていたが、やがてその瞳を閉じてつんと上を
上を向く。
その期待に応えてさゆの唇にキスした。

その時、部屋のドアが開いて山口が姿を現した。
横目で彼が見えたがかまわずキスを続ける。
山口は黙って二人を見ていた。
ようやく二人は唇を離すと、お互いの目と目を見やって
別れを交わした。

部屋を出ると山口と共に階段を降りていく。
先に降りていた山口は踊り場で私を待って言った、

「見せ付けるような真似はするな・・・」


山口の顔を見たが、怒っているようには見えなかった。
「それはすみません。キスは大目に見てくれると
お許しを得ていたので。これから気をつけます」

山口はうなずくと、また先に立って階段を降りていく。
どうしても彼に聞きたい事があった。

「今後、またここがテロリストの標的になる可能性は
あるのですか」

山口は立ち止まって、
「それは無い。それにここの警備も当分は軍の協力で
強化されている」

「あの表の戦車ですか。でも、あんなものがでんと
居座っていたら、またテロの目標になるようなもの
ではないのですか」
「お前はよけいな心配をしなくてもいい」
そう言うと山口は背を向けると降りていく。

その山口の背に声をかけた。
「僕とさゆは死ぬところだったんですよ!
そして現実に、爆発した8階にいた何の罪も無い
子供達が大勢死んでしまったんだ!
僕とさゆが命拾いしたのは幸運としか言えない」

山口は振り返って私を見た。

「これだけは聞かせて欲しい。なぜ、このビルが
テロリストたちの攻撃目標になったのですか?
僕には不思議でならない。
このビルにはさゆのような少年少女が住んでいる
だけのはずです。
それがなぜ標的になってミサイルを打ち込まれなくては
いけないのですか?」

山口は黙って私を見ていた。


「ここが攻撃されて大きな被害を出したことは秘密に
なっているようですが。それはともかく、なぜこのビルが
狙われたのか、それを危うく死にかけた僕は知る権利が
あると思う。何時また攻撃を受けないとも限らない。
あなたはそれは説明する義務があると思う」

山口は見つめたが、内心は彼は答えずに無視
するだろうと思った。
しかし、山口は口を開いた。

「この場所は、ある意味現在のこの国を象徴している」
「象徴・・・?」

「そうだ。この場所にはこの国の主だった人間が大勢
かかわっているし、その象徴たる事をテロリストも知り、
ここを攻撃してきたのだ。言えるのはそれだけだ」


ある言葉が浮かんできて、それを言った。
「それは、負の象徴と考えていいのですね」

山口は口を閉じていたが、否定はしなかった。


「そして、さゆはその象徴の最たるものなんですね」

山口は口を堅く閉じ、くるりと背を向けると足早に
階段を降りて行った。


アパートに帰りつくと、さっそく光男の家へ
向かった。ぜひ光男に会って聞きたいことがある。
しかし、光男はあの日以来帰ってきていなかった。

女房は私に光男の居場所を知らないかと問うたが、
それは私も知りようが無いとしか言えなかった。
女房に食べ物の包みを渡すと部屋を出た。

自分の部屋に戻ると、ベッドに横になりながら、
山口の言った言葉を考えていた。
象徴、それも負の象徴。
もしかしたら、自分もその負の象徴に加担させられてる
のかもしれない。

後はさゆの事は考えた。
さゆの唇の感触を思い出していた。
私は、完全に深みにはまっていた、
あのブリードビルの深遠さと、そして、さゆみに。


真夜中にドアがノックされたような気がして目が覚めた。
思わず飛び起きて、ドアを開けて廊下に出た。
灯りはすべて消えていて暗かったが、わずかに窓から
漏れる月明かりに人影が見えたような気がした。

「光男さん!」
その人影に近づいた。

やはり光男だった。
光男は屋上に誘った。
満月で外は明るかった。

光男は屋上のコンクリートの床にひざまずいて
私に頭を下げた。


「すまない・・・俺はブリードビルを攻撃するのは
止めてくれて頼んだのやけど、上の連中がどうしても
あのビルを攻撃するといって聞かんやった・・・」


「頭を上げてください。あなたを恨んではいませんよ。
確かに僕とさゆはひとつ間違えば死ぬところでした。
でもこうして何とか生き残れた」

光男が反政府組織にかかわっていることを知らずに、
ブリードビルの内部をおおよそではあるが書いて
光男に渡したのだから、ある意味、
ビルが標的にされた遠因は自分かもしれない。

山口の言ったあのビルがこの国を象徴しているという言葉を伝えて、
その意味を光男が知っているか問いただしたが、
光男はそこまでは知らないと言った。
そこでブリードビルとさゆの事で何かわかったかと
聞くと、光男はブリードビルに住んでいる子供達について
ひとつだけわかった事があると話してくれた。


「あのブリードビルには、何人もの子供達が集められて
いるが、その年齢が15歳以下の子供に限られてることや、
10歳ぐらいからあのビルに収容されて、何年かして
15歳を迎えるとその子供はいなくなってしまうらしい」
「・・・・」

光男は、言い換えて、
「15歳になると、その子供は何処か他へやられるみたいや。
その子供がどうなるかは、誰も知らないらしい、
その後の子供の姿を誰も見てないそうや」

考えて、聞いた。
「その15歳になった子供がビルの外に出るところを誰か
見たのですか」
光男は首を振った。
「その事を教えたくれた人間によると、入るのは見たが、
その後、外に出るのを一度も見たことはないそうや」


その後光男は、残された光男の家族に毎日のように
食べ物を渡していることに、くどいように礼を言うと、
自分は警察に追われているから後を頼むと言い残して
姿を消した。

部屋に戻るとベッドの上で、山口の言った象徴の意味や
今夜の光男の言った事を考えていた。
そしてこれまで知った事柄をあれこれつなぎ合わせていくと
ある事が浮かび上がってきた。

15歳になるとその子供はビルからいなくなってしまう。
私が、このビルに通うようになった初日に、さゆが
自分は生まれて14年と10ヶ月になると言ったのを
思い出していた。

という事は、この後私が一ヶ月間の勤めを終えて
数日でさゆは15歳に達する事になる。
その日に、さゆの身に何かが起こることになる。


一晩中考えたあげく、ある結論に達した。
到底許しがたい事だった。
幸い、まだ時間が残されている。それまでに何とか
さゆを救い出す決意を固めていた。


翌日、朝食を取りながらさりげなくさゆに聞いた、
「さゆの誕生日は何日なの?」
「私は2041年の7月13日に生まれたの」

今日は2056年の6月20日だった。

「7月10日で僕の仕事は終わってしまう。
さゆの誕生日を祝えないのは残念だな」



さゆは食事の手を止めて私を見ると、
「今年は私にとって特別な日なの。盛大なパーティー
開いてくれるそうよ。そうだ、友男さんもそのパーティー
招待するよう頼んでみるわ」

「それはありがたいな。何かプレゼントを持って行きますよ」

さゆの表情をうかがったが、さゆは別に何事も
ない風に聞いてくる、

「ありがとう。友男さんのお誕生日は何日なの?」
「僕は、2035年の8月3日生まれです」

「そうなの。でも私は友男さんのお誕生日を祝う
事は出来ないわ」
「どうしてですか、ぜひさゆにも祝ってもらたいな」

「その頃には、もう私はいないの」


さゆは小さく首を振ると後は黙って食事を続けた。

さゆの言葉の意味を考えた。
まるで8月にはもうさゆはこの世界に存在しないように聞こえる。


さゆの誕生日の日、パーティーに参加することは、
重大な意味がある事を後で知った。


その日が終わり、帰る時になると、
さゆはいつも名残惜しそうに私の胸にすがってきて
キスをねだってくる。
優しくキスしてやり、唇を離すとさゆの髪を撫でながら
「明日、また来ますよ」

さゆは見上げながら潤んだ瞳で、
「明日、必ず来て。きっとよ」

私はそんなさゆに笑って、
「もちろん明日、必ず来ますよ」


明日という日は、誰にも平等に必ずやってくる。
しかし、もしかしたらさゆにとっての未来は
やって来ないのかもしれない。
もう一度さゆを強く抱きしめてから、出て行った。



翌朝、ドアを激しく叩く音で目が覚めた。
時計を見ると朝の6時過ぎだった。
ドアの前に行って、どなたですかと問うと、
「友男!あたしよ、ももよ!」


ドアを開けると、若い女が立っていた。

同じ大学に通っていた桃子だった。


ももは私の顔を見ると嬉しそうに飛びついてくる。

ももはヘソが見える短い派手な金色のTシャツに、下は
太ももがほとんどあらわになったホットパンツを穿いている。
髪の毛は長くはないが派手なピンク色に染めている。

「大学にも全然姿が見えないし、昼間来て見たけど、
何度来ても留守だったから、朝早く来てようやく
捕まえたわ」

ももは何度かこの部屋に泊まった事がある。
ベッドの上のもものことを思い出していた。

あまり女の子に興味が無い自分がお気に入りの数少ない
女の子のひとりがももだった。
可愛かったし最初は付き合って楽しかったが、最近は
鼻についてきていたし、今はさゆの事で頭がいっぱいで
彼女の事はすっかり忘れていたのだ。



ももの父親は輸入品を政府に納めてこの混迷の中で生き抜いて
いる言わば悪徳業者の一人で、家は裕福だった。

「本当に会いたかったわ!」
ももは首に腕をまわしてきて、強引にキスしてくる。
思わずももの肩に手をあてて突き放した。

「何すんのよ〜!」
ももはよろめきながら口をとがらして私を睨んだが、
唇に手をあてて、
「あっ〜なんか他の女の匂いがするわ、さてはあたしを
避けてるのは新しい女が出来たのね!まだどっかに居るんでしょ!」

ももは勢い込んで部屋の中を歩き回り、トイレや風呂場の
ドアを開けて回る。

「女は何処にいるのよ!隠してるんでしょ!」


あわててももを掴まえると、
「誰もいないよ!今はバイトが忙しくて大学へは行って
ないんだ、お前なんかの相手をするヒマはないんだ、帰れよ!」

ももを勢いよく外に放り出してドアを閉めた。

ももはしばらくドアの外で叫びたてていたが、
ようやく帰ったらしく静かになった。
さゆとキスしたのは昨夜なのに敏感にその匂いを
嗅ぎ付けた女の嗅覚は恐ろしいほどだった。



翌日、ブリードビルに着くと戦車は姿を消していたが、
ビルの側にテントが出来ていて、兵士が常時駐留
しているようだった。

部屋に入ると、すぐにさゆが満面の笑みを浮かべて現れた。

あんなあばずれと違って純なさゆの顔を見ると、
ほっとする思いだった。
さゆは私の腰に腕をまわして見上げると、
目を閉じてキスをねだってくる。
熱いキスをかわした後、私が唇を離すと、
さゆは小首をかしげて私をじっと見つめると、

「なにか友男さん以外の匂いがするわ、
昨日、誰かと会ってたのね・・・」


驚いてさゆを見た。