Dark blueの絵日記

ハロプロ関連の記事が主。後は将棋と猫を少々

最後の晩餐 三


立ち上がった私に近くの兵士が銃を向けて牽制する。
腰を降ろすと、震える手でワインのボトルを掴むとグラスに注いで
あおるように飲み干す。
そして山口を睨みつける。


山口もワイングラスを傾けながら話した。
「事の起こりは二十年ほど前にカルト集団の教祖だった
総統がこの国の政治にかかわり始めた事からだと思う。
その前からそのカルト集団では、少女を生贄として
聖壇に祭り上げた後に、密かにその少女の肉を食べて
いるという噂を聞いた事がある」

「・・・・」


「その後、総統がこの国の権力を握った時、この儀式は
形を成して行き、俗に言うこのブリードビルが建設されて
からは年に一度、晩餐会と称して少年少女の肉を食べる
儀式が行われて来たのだ」


「それを指示したのは総統なのですね」

「そうだ。すべて総統の指示によって行われた」

「総統は、人食いなのですか・・・」


「噂では日常的に人肉を食っているという人もいるが、確証は無い」

「まともではないのは確かですね」

「15年ほど前、さゆみが生まれた頃になると、
ある選ばれた少女の肉を食べると、不老不死の命を
得られるという伝説がささやかれるようになった」

「人魚伝説ですね。人魚の肉を食べると永遠の命を
得られるという伝説がありますね」


「それからは、毎年選ばれた一人の子供を幼い頃から
育て上げ、『聖少女』として祭り上げて15歳になると
食するようになった」

「・・・今年の聖少女は、さゆなのですね」

「そうだ。その聖少女の肉を食べると不老不死の命を
得られると信じて一部の人間達がその肉に群がりよって
食してきたのだ。
もちろん公には秘密にされていたが、近年ではかなりの
人が知る所になっている」


「気が狂ってる・・・総統を始めこの会場に集まっている
連中はすべて狂ってる」

私は吐き捨てるように言った、


「確かにそう言われても仕方のない事だな」

「山口さんも、その仲間なんですね、あなたも少女の肉を
食べたのですか?!」


「私は少女の肉を食べた事は無い。しかし、この儀式に加担して
いると言われればそうに違いない」

「もちろんそうです、あなたもこのケダモノのような連中と
同じなんですよ。
いや、ケダモノ以下だ、少なくともケダモノは共食いはしない」

「何とでも言うがいい。しかし、お前も関係無いとは言えない」



その言葉に憤然と山口を睨んだ、

「それはどういう事ですか!僕も関係しているとは
何の意味ですか!
確かに僕はさゆという生贄として食される運命の少女の
世話をしてきました、しかし、僕は何も知らされていなかった
のですよ、知っていたらこの仕事は断っていましたよ!」


「そうではない。私が言うのは別の事だ。
お前は、配給の合成食糧の『ペレット』を食べた事があるな」

「ありますよ。他に食べる物が無い時は」

「以前、ある噂が立ったのを知ってるな」

私は首をかしげた、
「噂というのは?」


「ペレットには、人肉が混入されているという噂だ」


はっと思い出した、確かにそんな噂を聴いた事がある。

「一時問題になって騒がれた時、政府は噂を否定して、
ペレットには外国から輸入された屑肉が混入されていると
発表されて騒ぎは収まったのだが」

「その噂は聴いた事があります・・・まさか」


「そのまさかだ。その噂は本当なのだ、
ペレットには、失格者として処刑された人間の肉が
混入されているのだ。お前も人肉を食べたのだ」


急に胃の奥から苦い物がこみ上げて来て、
テーブルの下に向けて食べた物をゲーゲーと吐いた。
知らなかったとは言え、自分も人肉を食べさせられて
いたという事実に激しい嫌悪感で体が震えていた。

山口は給仕を呼ぶと、私が吐いたものを片付けさせた。


ようやく少し収まると、山口を睨みつけて、

「この国の狂った連中は全部死ぬべきだ、
出来る事ならこの手で殺してやりたい、害虫のような
連中がすべて死ねば少しはこの国は良くなる・・・」

山口は答えずにワインを口に運んだ、

「あなたは、良心の呵責に堪えないのですか!
人食いの連中に加担して人間として恥ずかしくない
のですか!あなたはそうではないと思っていたのに」


山口は私を見て、

「なぜそう思う」

「あなたを見ていて、あなたは本当は悪い人間では無い
気がしていたのです、でもそれは間違いでした」


「私にはどうにもならない事なのだ。
私だって、自分や家族の身が可愛いのだ。
この国で生き残るためには仕方の無い事なのだ」

「自分の身が可愛いために、さゆを人食いの連中に
渡すために育て上げてきたわけだ。
随分とごりっぱな話ですね」


「言いたい事はそれだけか、負け犬の遠吠えは
それぐらいにしておけ。お前は何も出来ない」

むっとして、
「負け犬の遠吠えかどうか、これから思い知りますよ、
僕には切り札がありますよ」


「ほお〜それはどう意味だ、何をたくらんでるか
知らないが、切り札とは何なのだ」

「すぐにわかりますよ・・・さゆは、さゆは今どうしてるのですか、
まさか、もう調理されてるのじゃ」

「心配するな。あの生首の少女は今頃調理されているが、
さゆみの方は、まだその前に儀式が残っている。
いわゆる、昔の相撲で言う断髪式みたいなものだ」


「断髪式?」

「始まるようだ、さゆみ様が現れた」


ステージにさゆが現れて置かれた椅子に腰掛けた。

「これから、総統を始め選ばれたゲストがステージに上がって、
さゆみ様の髪の毛を鋏で切っていくのだ。
髪の毛を料理に混入させないためだ」

思わず立ち上がって、さゆの元へ行こうとした、
それを山口が止めた、

「そこから動くな、お前は断髪式には選ばれていない。
邪魔をする者は、ただちに捕らえられて外に連れ出されて
銃殺になるだけなのだ」

かろうじて踏み止まり、腰を降ろした。


「切り札があるのなら、あわてて死に急ぐ事はない、
あせらずにチャンスを待つことだ」

その言葉は、まるで私をおもんぱかるような口ぶりで、
山口の真意を測りかねていた。


ステージでさゆの頭に鋏が入れられていき、
さゆの黒くて艶のある長い髪が切り落とされるのを
見ていて、また沸々と憤りが沸き上がっていた。


さゆの頭に鋏を入れたゲスト達はその髪の毛を大事そうに
しまい込んでいる。
その後さゆの頭に剃刀が入れられ丸坊主に剃り上げて
しまう。
さゆをこんな目に合わせたやつらを絶対に許さないと
誓い、さゆを自分の命にかえてもやつらの手から
救い出したいと決意していた。


さゆはステージに置かれた寝台の上に寝かされた。
そのまま、また楽団の演奏が始まり給仕係が各テーブルを
まわって料理を運び出した。
二人のテーブルにも料理が運ばれてくる。


その後給仕係が次々と色々な料理をテーブルに運んでくる。

ホタテ貝と海老のテリーヌ
穴子の白焼きと茄子のコンフィ
天然車海老のマリネ<桜鱒のポワレブールブランソース

穴子のグリルバルサミコソース有機野菜添え
和牛フィレ肉の薄切り 白アスパラガスのピカタとそのソース
仔羊のロースト
イベリコ豚のカツレツ、ラビゴットソース


今朝からほとんど食べていなかったので、
さっき前菜と魚料理を口にしたが、それもすべて吐いてしまった。
運ばれてきた肉料理にはとても手が出なかった。

それを見た山口が、
「どうした、肉料理は食べないのか」

山口を睨みつけて、
「よくそんな事が言えますね!こんな場合に
食べられるわけがないでしょ!」

あの美少女の生首を思い出して、思わず首を強く振った。

「まさか、この肉はあの首の子のじゃないでしょうね・・・」


山口は、仔羊のローストにナイフとフォークを入れて
口にしながら、
「肉料理は、まだ若い家畜を処理して料理するのが美味しいのだ」

「こんな時にふざけないでください!」

「心配するな。この肉はあの子達のではない。
あの子達の肉を食べられるのは、総統などの限られた人間だけと、
希望して選ばれたわずかな人間だけだ。
私達が食べられるのは、主采のさゆみ様の肉をほんの少しだけ
分け与えられるだけなのだ」

山口はナイフとフォークを置くと向き直って、


「なぜ、さゆみ様がお前をこの晩餐会に招待するように
言ったかわかるか」

「わかりません」

「それは、さゆみの肉体の一部がお前の体の中に
取り入れられる事によって、さゆみはお前の中で
永遠に生きつづけるのだ。
それがさゆみの最後の願いなのだ。
だから、さゆの肉を食べる事がお前の最後の努めなのだ」


最後の日のさゆの言葉を思い出した。

『私は人魚姫なの。人魚姫は永遠の命を持っているの。
たとえこの身が滅んだとしても、別の人間の中で永遠に
生き続ける事が出来るの。
その人間とは、友男さんのことなの。
だから、さゆみのお誕生日の儀式に必ず友男さんに
来て欲しいのよ』


「さゆの肉を食べる事なんて死んでも出来ない、
さゆは僕が必ず救い出します。
僕はさゆの肉ではなく、将来さゆが作ってくれた
料理を食べるつもりです」

山口は笑顔を見せた、
「さゆみと結婚するつもりなのか」

「もちろん、そのつもりです。
さゆが私のプロポーズを受けてくれたらの話ですが。
最後に一つ質問があります。
なぜ僕がさゆの世話をする係りに選ばれたのですか?
まだ大学生に過ぎない僕が選ばれたのは、
不自然な気がしてならないのです」


「お前を選んだのは、さゆみだ。
聖少女として、最後の一ヶ月を過ごすさゆには
自分の世話をする者を選ぶ権利が与えられる。
2ヶ月前、偶然お前をテレビで見たそうだ」

「そう言えば、その頃大学でインタビューを
受けた事があります」

「それで、さゆみはどうしてもお前を世話係りに
したいと言い張ったのだ。
まだ学生のお前を世話係りには出来ないと説得すると、
出来ないのなら、この場で舌を噛み切って死ぬとまで
言い切ったのだ」


「それで、私の責任においてお前を世話係りにする事を
決断したのだ。もちろんお前の素性、思想などすべて
調べて、安全な人間だと確信したからだ。
さゆみに、なぜあの男を選んだのかと問いただすと、
あの人は、私の王子様だからだと言ったのだ」


「・・・そうでしたか」


ステージに寝かされているさゆを目の前にしながら総統は
料理をもりもりと腹に収めている。

「そうすると総統が食べている肉は、あの少女のものなのですか」

「たぶん、そうだろう」


「あの気の狂った豚のような、いや、豚の方が高尚な
生き物のような気がする。
あの豚にも劣るやつらは、いつまでこのような行為を
続ける気なのですか」

山口を食事の手を休めると総統の方へ目をやりながら、

「このような晩餐会の儀式は、今年限りになるかもしれない、
政府内にも少しずつだが批判の声も上がってきているし、
反政府組織の活動も、何度軍の力で押さえつけても
何度も繰り返されてきりがない。
この事が総統をやり玉にあげる口実にもなっている。
さゆみ様が最後の聖少女となるだろう」


その時、寝台に寝かされたままのさゆがステージから、
下がっていき、袖に引っ込んでいった。
私は立ち上がった。
いよいよその時が迫っていた、一刻の猶予も許されない今、頼みの綱は
光男だけだった。


光男のいるテーブルに行き声を掛けた、
「光男さん、お願いします。切り札を見せてください」



顔を向けた光男のその顔は青白く見え、そして限りなく暗かった。

少し間を置いて、光男は立ち上がった。
「よし、どうやらその時が来たようだな」

その時、山口がやって来て光男に、
「お前の顔は見覚えがあるぞ。
最初の日に、彼と一緒に車に乗って帰った男だな」

光男はゆっくりと懐に片手を入れた。

「そしてもうひとつ思い出した事がある、
お前は、失格者として手配されている者だな、
何の目的でこの会場に潜り込んだのだ」





聖少女 最終章