Dark blueの絵日記

ハロプロ関連の記事が主。後は将棋と猫を少々

家庭


車に乗り込もうとした時だった、

「おーい!待ってや〜友男やないか〜!」
振り返ると、見たことのある男が近寄って来る。

「俺だよ、同じ階に住んでる、光男だよ」
「ああ、こんな所でなにしてるんですか」
「ちょいと仕事や。今から帰るんか、ちょうどよかった
俺も乗せて行ってもらえんやろか」


私は制服の男に目をやった、
「ダメだ」
彼はにべも無く首を振って言った、

「そんな殺生なぁ〜!こんな夜中に家まで歩いて行くと、
ほんまに3時間も4時間もかかるんや、勘弁してや〜」
光男はなさけない声を出した。

「僕からもお願いします、乗せてやってくれませんか」
頭を下げて言った、
彼は、じっと光男を見ていたが、
「・・・今度だけだぞ」
「すまねぇ、恩に着るよ」
光男はそう言うとさっさと車に乗り込む。

制服の男を残して車は走り出す。
光男は振り返りながら、
「おい友男、あのブリードビルで何をしてるんや?」
「あそこはブリードビルって言うんですか」
「まあな、そう呼ばれてみたいや」
「仕事なんです。これから一ヶ月間だけ雇われたんです」

「あそこでどんな仕事をしてるんや?」
光男はさりげなく聞いてくる、
「すみません、それは言えないんです」
「そうなんや、いやどうでもいいことなんやけどな」
「別になんてことない仕事なんですけど・・・」


光男は、年は30代後半でぼさぼさの長い髪に
夜だというのに薄いサングラスをかけている。
確か家には奥さんと子供が二人いるはずだ。

「ほんまに助かったよ、まだ飯も食ってねぇへんのに
4時間も歩く事になってたところやったよ。
古い自転車があったんだやけど、2、3日前に
盗まれちまってよ、嫌な世の中になったもんだ」
と光男はぐちった。

「それは大変ですね。あ、そうだこれを食べてください。
夕食の残りで悪いのですが」
私は後で食べようと思っていた、ポケットの腿焼きを
差し出した。

「すまんなぁ、食い物かい」
光男は差し出されたナプキンで包んだ物を開けて見る、
「おい!腿焼きじゃないか!こないな豪勢なもんを友男は
食べてんのかいな」


光男はさっそく腿焼きにひと口かぶりついた。
「うめぇ!こないなうめぇもんを食ったのは何年ぶりや!」
私は笑って、
「それは良かったです」

光男はもうひと口かぶりつこうとしてなぜか思い止まった、
「そうだ、家には飢えたガキ二人と女房が待ってるんや、
あいつらにも食わしてやらなあかんな」
光男は腿焼きをナプキンに包んで大事に仕舞った。

しばらくして私と光男の住んでいる高層アパートの前に着く。
「おお、もう着いたか。やっぱり車は、はぇ〜なぁ」
車を降りた光男は私に、
「ちょっと家へ寄って行ってや、こないなありがたいもん
貰って、女房からも礼を言わすから」
「いえ、残り物を差し上げただけですよ」

結局、光男の部屋に寄ることになった。
夜8時を過ぎて電気の供給が止まって暗い中を
二人の部屋がある12階に向かって階段を上って行く。
エレベーターはとっくの昔に無用の長物になっていた、
電気を節約するため一日中使用禁止になっていた。


光男は我が家のドアを開けると、
「おい、帰ったぞ」
と部屋の中に入っていく。
部屋の中は薄暗い電球が灯っていた。
電気の供給が止まっても、アパートの屋上に備えられた
共同の太陽光発電機のおかげで1、2時間ほどは明かりがある。


30歳ほどの光男の女房と、6歳ぐらいの男の子と
8歳ぐらいの女の子が出てくる。
子供は二人ともがりがりに痩せていた。
特に女の子は手足が異様に細い。

「あんた、お帰りなさい」
光男の女房は体は小さくて優しそうな感じだった。

「父ちゃん〜!」
男の子が光男に飛びついてくる。

光男は子供の頭を撫でながら、
「みんな飯は食ったのか」
「まだです・・・」
女房は後ろの私の姿を見て、不安そうな表情を浮かべた。 
他人に食わせる余分な食べ物など何ひとつ無いのだ。


光男は女房に、
「お前も知っとるやろ、はずれの友男さんや、
今日はいい物を貰たんや」
いつのまにか、『友男さん』になっている。
「とにかく、飯にしてや」
光男はどっかりとテーブルについた。



光男は、私にも座らせる。
女房が不安そうに食器を持ってきて私の前に置く、
あわてて手を振って、
「僕は結構です、夕食は済ませました。それに、
すぐ帰りますから」
すると光男が大きな声で、
「ええから、黙って座ってるんや!」
「はあ・・・」

女房は食べ物の入った鍋をテーブルに置くと、
お玉ですくって、まず光男の食器に入れる。
続いて子供達の食器に入れる。
それから私の食器にも、恐る恐る入れる。

その晩の光男達の食事は、ほとんど色が付いていない
スープ。トウモロコシの粒がいくつか入ってるだけの
しろものだった。
その他には、子供達には小さな芋を半分にした物、
光男の前には、芋が一個出ていた。
それが夕食のすべてだった。
今はどの家庭もこんな有様なのだ。


例の配給の合成食品のペレットも、毎日配給される
わけではなかった。
その代わり、時々トウモロコシが配給されるのだ。
芋は、アパートの住人達が共同で下庭を耕して栽培
していた。

光男は、懐から包みを取り出すと腿焼きを出して
子供の前に放った。
最初、子供達はそれが何かわからなかったようだ、
腿焼きなど生まれてこのかた食べた事が無かったのだ。
すぐに匂いでそれが食べ物だとわかり、二人の子供は
それに飛びついた。

たちまち奪い合いになり争い始める、
見かねた母親が子供達からそれを奪い取ると、
台所に行って包丁で骨の入った腿焼きを押し切り、
ニ等分した腿焼きを子供達に与えた。


すぐに口に入れた子供達の顔は輝いて、その美味しさに
目を細めて食べている。
それを見ていて自分の子供の頃に食べた腿焼きの
味が蘇っていた。

「どや、美味いやろ。その腿焼きはここにいる友男さんから
頂いたもんや。よく味わって食べるんや」
女房に向かって、
「おい、お前からもお礼を言わないか!」

子供達の食べる姿を嬉しそうに見ていた女房は気がついて、
私の方に拝むように手を合わせて頭を下げた。
「本当にありがとうございます」


私は手を振りながら立ち上がった、
「お礼なんてとんでもないです。では僕は帰ります」
すると光男が、
「とても口にはあわんやろが家の食事も食べてや」

私は前の食器を手に取ると口に持っていき、ひと口
喉に入れた。
それは、かすかに塩味がするほとんど水のような物に
わずかにトウモロコシの粒が入っている。
とても人間の食べるような物では無かった。

「ご馳走様でした。では失礼します」
そう言うと私は逃げるように部屋を出た。


廊下に出た私を光男が追いかけて来て、腕を掴まえて、
「ほんまにありがとうな、何も無いから俺に出来る事が
あったら何でも言うてや」
いいえ。と首を振ったが、ふと、思いついて、

「そう言えば、光男さんは以前、政府関係の仕事をして
いたと聞きましたが・・・」
「そうやったけど、このご時世や、人員整理とかで首になって
しもうたんや」
「あのブリードビルの事もよくご存知みたいですね」

「そうや。あのビルの事は多少は知っている」

「でしたら、あのビルに住んでいる、さゆみという女性の
事も調べて欲しいのです」


その事を言った時、一瞬光男の目の奥が光ったような
気がしたのは、なにかの錯覚だったかもしれない。


「なんでその女性の事を知りたいんや?」

「いえ、仕事というのはその女性の世話をする事なんですが、
さゆみさんの事は何も教えてくれないものですから」

「よっしゃ、わかった。昔のつてもある、今でも多少は
顔もきくからそれぐらい調べるのはわけもない」

「そうですか、お願いします。そうだ、明日も何か
食べ物を持って来て上げますから」

光男は一応とんでもないと手を振ってみせたが、
「そうかぁ、えらいすまんな〜」


やっと自分の部屋に入った。
最初、さゆの事には興味が無かったが、今日一日
さゆと過ごしてみて、段々とさゆの素性を知りたいと
思うようになっていた。
そして、あのブリードビルの秘密も知りたい。


部屋にいても何もする事が無いので、すぐにベッドに
寝ころがる。
ふと、ブリードという名前が気になってきた。

ブリードビル。外国語は苦手だったが、ブリードと
いう意味を考えた、確か、犬を繁殖させる人達を、
ブリーダーと言う事を思い出した。
起き上がって、英語の辞書を取りに行く。


ブリードの項を引く。
『ブリード』 BREED 飼育。


あのビルは飼育小屋にしては豪華過ぎるなと、思った。



聖少女 6