Dark blueの絵日記

ハロプロ関連の記事が主。後は将棋と猫を少々

2064年の終着駅

老人ホームに入居した初日にトラブルが起きた。
私自身には関係無いが、入居者同士のトラブルだった。

二人の老人が激しく言い争っていた。
70代半ばの老婆が相手を罵倒していた。
二人とも車椅子だったが、老人とは思えないほどの
激しさだった。
罵倒されていた老人はその場を離れた、その顔には怒りが
にじんでいた。

私は思わず側の看護師を見た、看護師は、

「道重さんはいつもトラブルメーカーなんです」
相手を罵倒していた老婆の名前のようだった。


「道重・・・下の名前はなんというのですか?」

「たしか、道重さゆみさんだったと」


道重さゆみ

はっきりと憶えのある名前だった。

大昔、私はハロプロの熱心なファンだった。中でも
モーニング娘。のファンだった。50年ほど前の娘。の
リーダーが
道重さゆみだった。
その道重さんと老人ホームで再会するとは思わなかった。


西暦2063年12月の末、私は老人ホームに入る
ことにした。もうすぐ80歳が近づいていて、
子供の世話になりたくなかった。
そのホームの名は、「ハロードリーム」という
意味深な名前だった。昔、私はハロプロのファンだったし
それで気に入ったのだ。


もう一度、道重さんの顔を見たが50年ぶりのせいか、
かっての面影はほとんど無かった。さゆだと言われて
見ればかすかにその面影があるぐらいだった。


看護師がその場を離れた後、事件は起きた。

さっきさゆに罵倒されていた老人が車椅子を勢いよく
動かしながら戻っ来た。その手にはギラリと光るナイフが
握られていた。折り悪く背中を向けていたさゆに
突進して行く。

「みちしげーーーー!殺してやる!」

とナイフを逆手に振り上げて迫ってくる。
私はその迫力に気後れしてすぐには動けなかった、

さゆが振り向いたが、ナイフの老人はすぐそこまで
迫っていた。その時、さゆと老人の間に割って入った
人物がいた。

ナイフの老人はその人物が腕を上げて防いだのでその腕に
ナイフを切りつけた。
ざっくりと腕を切られて血がほとばしる。周囲の老人達が
悲鳴を上げ阿鼻叫喚の状態となる。

ようやく私は近づいて、ナイフの老人の腕を掴み、ナイフを
取り上げると、車椅子を突き飛ばして遠くへやる、

ようやく看護師達が騒ぎを聞きつけて飛んでくる、
現場はあたり一面の血の海になっているのを見て茫然とする、
ナイフを握っている私を見て恐怖の表情を見せる、
私はあわてて自分じゃないと手を振ると、加害者の老人を
指差した。
周囲の老人達もその老人がやったと声を上げてくれた。

切りつけられた人物の方へ目をやると、床の倒れこんで
いるのは老婆で、側には座りこんださゆが
泣きながら叫んでいる、

「絵里〜〜〜!!死なないで〜〜〜〜〜!」


絵里?!まさかあの絵里なのか・・・

看護師はおろおろしながら、
「今、先生が留守なんです、どうすればいいのか」

「すぐに救急車を呼びなさい!それとすぐに出血を
止めないと、私は今は引退したけど医者でした、
なにか消毒剤などがありますか、それと傷が大きいと
縫わないといけないかもしれない」

その老婆、絵里を皆でベッドに運び止血のため腕の
根元を縛り、傷口が大きいので縫う事になったが
医療用のものが無いので、縫針と糸を持って来させ
消毒してから傷口を縫い合わせた。
側でさゆが泣き叫んでうるさいので、看護師に向こうへ
連れて行かせる

救急車が来たが、絵里は意識はしっかりしていて
容態は安定しいたので病院へは連れて行かずにホーム内で
寝かせて置く事になった。ホーム付きの医者も居る事だから。


絵里のベッドの側にさゆがへばりついていて、

「絵里、死なないで!私の代わりに刺された絵里が死んだら、
私もしぬから〜!」

絵里はそんなさゆの手を握ると、

「大丈夫、大した事は無いのよ。私は死なないわ」

私からも大丈夫だからと、さゆに言って聞かせた。
口ではそう言ったが、元医者としての経験から、
かなりの出血だったし、刺された事のショックもある、
老人だし、今夜いっぱい様子を見ないとなんとも
言えないのは事実だった。

さゆが連れて行かれると、私はベッドの側に腰掛けた。
どうしても聞きたいことがあった。

「道重さんが、『絵里』と呼んでいたように、もしかすると
あなたは、亀井絵里さんなんですか?」

彼女は頭を上げると首を振った。

「違います、私は亀井絵里という名前では無いです。
私は、豊見丸美紀子と申します」

「そうですか。ではなぜ道重さんはあなたを、絵里と
呼ぶのです?」

「それは私にもわからないのです。ただ私がここに
入所して道重さんと対面した時、いきなり絵里!
あなたは絵里でしょ!言われて戸惑ったのですが、
あなたは亀井絵里さんをご存知ですか、
私は亀井さんに似ているのですか?」

昔の絵里なら知っているが、もう50年前の昔の話だし、
この豊見丸美紀子という老婆が絵里に似ているかと
言われても判別しがたい所があった。

ふと豊見丸美紀子。という名前はどこかで聞いた事が
あるような気がしたが、思い出せなかった。

「それからは道重さんは私の事を、絵里、絵里と呼んで、
いくら私は違うと言ってもきかないのです。
最近では私も諦めて、絵里という呼びかけに、
はい。はい。と返事する事にしているのです。
道重さんは認知症なんだと思います」
絵里はそれだけ言うとぐったりと目を閉じた。

この本名は美紀子さんを、さゆが絵里と呼んでいるから、
これから私も絵里と呼ぶ事にした。
傷にさわるので私もそれ以上聞くのを止めた。

翌日、絵里、美紀子さんの妹さんが姉が怪我をしたのを聞いて
やって来た。

妹さんが帰る時、私が治療した事でお礼を言う妹さんに
聞きたい事があったので声をかけた。

「失礼ですが、妹さんのお名前を教えて欲しいのですが」

「私は、橋本りなと申します」

結婚して姓は変わっただろうけど、名前の「りな」には
憶えがあった。亀井絵里の妹さんは、「りな」という
名前のはずだった。

まさか・・・・・・、