Dark blueの絵日記

ハロプロ関連の記事が主。後は将棋と猫を少々

999回のキス 2

午後になると海水浴場は人で込んでくる。
すると吉澤はどんどん人のいない方へ歩いて行き、
ついには遊泳禁止地域へ入って行く。

皆は吉澤の後を何となくついて行ったが、
海に浮いている遊泳禁止の赤いブイを見て、
麻琴が心配して言った、

「先輩、この辺は危ないんじゃないですか・・・」
すると吉澤は、
「平気平気。海に入らなければいいんだよ」

さゆみも皆の後をついて来ていた。

やがて皆は輪になってビーチボールで遊び始める。
女の子たちはキャアキャアと楽しそうに騒いでいる。
後藤ひとりだけが、少し離れたところに腰を降ろして
その様子を眺めている。

愛が、さゆの方を見ると波打ち際に座り込んで
ひとりで遊んでいる。
ひとしきりボール遊びをした後、ジュースを買うため
何人かは向こうへ歩いて行った。

愛は、波打ち際から少し離れた場所に腰を降ろしている
吉澤の隣に腰を降ろした。
さゆのことは完全に忘れていた。

その頃、さゆは波打ち際で綺麗な色の珍しい小魚を
見つけ、ちょろちょろと逃げてゆく小魚の後を追って、
知らず知らず沖の方へ向かっていく。
さゆは、20メートルなら泳げる程度だった。
そのさゆのいる場所には、沖へ向かう離岸流
ひそんでいることをまったく
気がついていなかった。

愛は、テニスのことなどを吉澤と夢中になって
話していた。
ジュースを買いに行っていた麻琴が帰って来て、
ふたりにジュースを渡した。
愛は冷たいジュースで乾いた喉をうるおした、
すると麻琴が、

「あれ愛ちゃん、さゆみちゃんは何処?」

そう言われて愛は辺りを見回した、
どこにもさゆの姿が見えなかった。

さゆ・・・」

愛は急に不安にかられて立ち上がった。
愛は、少し前までさゆが遊んでいた波打ち際まで
走って行き辺りを見回した、
不吉な予感がして、動悸が激しくなっていた。
吉澤と麻琴も波打ち際まできて、沖の方を見た。

「さゆ!!」

愛は大きな声を上げて妹の名を叫んだ。

その声に離れた所にいた大谷や里沙も走って来る、
その時、麻琴が沖の方に流されているさゆを見つけた。


「大変だぁ!あれはさゆみちゃんじゃないの!」

愛は、麻琴が指差す方向を見た、

さゆの頭が浮かんでいるのが見えた、
信じられないほど、遠くに見えた・・・。
さゆはもがきながら、どんどん沖の方へ流されて
行くように見える、

「さゆっーー!!」

愛はあまり泳げないのにかかわらず、波しぶきを立てて
沖のさゆに向かって走った、
だんだん海が深くなり、胸の辺りまでになってくると、
大きな波に洗われて、立っているのさえ困難になる、

「愛ちゃん、危ないよ!」
追いかけて来た麻琴が愛の腕をつかまえて
引き止める。
愛は半狂乱になっていて、麻琴につかまえられた
腕を振りほどいて、さゆの方へ行こうともがいた。

自分が、さゆから目を離していたせいでこんなことに
なってしまった、その思いが愛の中でうずまいていた。

麻琴は、必死に愛を引き止めながら、助けを求めて
砂浜の方を振り返った。

その場所は海水浴場から離れていて、まだ監視員も
気がついていないようだった、
吉澤や大谷も、途中で止まっておろおろしていた、
沖まで泳いで行く自信がないのだ。

その時だった、誰かが沖のさゆ目がけて力強く
泳いで行くのが見えた、

それは後藤だった。

すでに、ずいぶんと沖のほうへ流されてしまったさゆは、
もう、もがくのを止め、わずかに頭だけが見え、沈んだり
浮いたりしていた・・・

愛と麻琴は祈るような思いで、一直線にさゆの方へ
泳いで行く後藤の姿を見つめるしかなかった。

後藤は力の限り泳いでさゆのところまでたどりつき、
顔を上げてみると、さゆの姿は無かった。
彼が、海の中に潜ってさゆを探していると、偶然
伸ばした手にさゆの体が触れた。


愛にとって焦燥感が胸を焦がして、とてつもなく
長い時間が過ぎていた。
ようやく後藤が砂浜に向かって泳いでくる姿が見えた。
片手でさゆをかかえているのが見えた。
それを見た、皆から歓声が湧き上がった。

後藤はさゆを抱いて砂浜にたどりついた。
それを見た愛は、涙を止めどもなく流しながら
後藤に駆け寄った。

「さゆ!」

後藤は、さゆを砂浜にそっと降ろすと、かたわらに
仰向けに転がって、ゼェゼェと荒い息をしている、
全身の力を使い果たしてしまっていた。

愛がさゆの顔を見ると、目を閉じたその顔は血の気が
失せて青白い色をしていた。
麻琴がさゆの口と鼻に顔を近づけた、

「・・・息をしてないよ!」

里沙が助けを呼ぶために走り出した。
「早く、人工呼吸をしないと危ないよ!」

吉澤や麻琴たちは顔を見合わせたが、誰も
人工呼吸の方法を知らなかった、
後藤の方を見ると、彼も首を振った。

「私がやる!」
愛はそう言うと、さゆの上半身を起こした、
愛は、テレビで一度だけ人工呼吸の方法、
マウスツーマウスのやり方を見たことがあった、
うろ覚えだけどやるしかなかった。

さゆのきつそうな水着を脱がして体を楽にさせると、
まず、さゆの頭を仰向けに自分の膝にのせると、
顔を上にそらせて、口を開けさせる。 

そして、さゆの鼻を指でつまんで空気が漏れない
ようにして、大きく息をして空気を吸うと、さゆの
口の中に、口から空気を吹き込む。
さゆの胸が上がって、空気が入るのがわかる。
また、口から空気を吹き込む。
それを、何度も何度も繰り返した。

愛の額から汗がしたたり落ちて目に入り、かすむ、
それをこぶしで拭うと、またさゆの口に空気を吹き込み
続ける。
何度も空気を吹き込んでも、さゆの反応が無い、

「ダメだ・・・」

愛は顔を上げて、そう言った者を睨みつけると、また
諦めずに、何度も何度も繰り返してさゆの口に口を
押し当てて空気を送り込む。

その時、さゆのまつげがピクピクと動いた、そして
頬に赤みが戻ってきた、
愛がもう一度、口に息を吹き込んでやると
さゆが咳き込んで、完全に息を吹き返した。

まわりの皆が歓声を上げた。

愛は最後にもう一度さゆの口の息を吹き込んでやると、
体を起こした。
麻琴が泣きながら、愛に抱きついてくる。

里沙が何人かの大人を連れて走って戻ってくる。

その時、後藤が愛にバスタオルを渡した。
愛は、さゆが何も身につけてないのに気がついて
後藤に礼を言うと、そのバスタオルでさゆの体を
くるんでやる。


愛とさゆが海から戻って3日が立っていた。
さゆは念のため一日だけ入院しただけで無事回復した。

愛が自分の部屋で机に向かっていると、ドアが開き、
妹のさゆみが入ってきた。
さゆはベッドに腰を降ろすと、愛を見つめている。

「なんね・・・」
「お姉ちゃん、まこっちゃんから聴いたの、
お姉ちゃんが私を助けてくれたって」

愛は立つと、ベッドのさゆの隣に腰を降ろして、
「あのね、さゆを助けたのは後藤君なんよ、
さゆが遠くの沖まで流されたのを泳いでいって
助けてくれたんだよ、ホント命の恩人なんだから」

「でも、息が止まっていた私に、お姉ちゃんが
人工呼吸をしてくれたので、私は助かったって
聴いたよ」

「それは、そうだけど」
「お姉ちゃんが私にキスをして助けてくれたんだ」
「違う!キスじゃなくて、人工呼吸!」

「あの時、私は夢を見てたの、素敵な王子様が
眠っているお姫様の私にキスしてくれた時、
目が覚めたの。
でもキスしてくれてたのは、王子様じゃなくて
お姉ちゃんだったの」

「王子様じゃなくて、悪かったわね」

さゆは愛に顔を寄せてくると、

「あっ、なんかまた息が苦しくなってきたの、
またあの人工呼吸をさゆにして〜」

「やっぱこの子は、アホきゃ〜!」

愛は呆れて言う。

さゆは愛にすがってくる、

「ありがとう。お姉ちゃんが999回のキスをして
さゆを救ってくれたのね」
「そんなに何百回もしとらんよ〜」
「ありがとうお姉ちゃん、大好き」


愛はさゆの頭を抱きしめると、つぶやいた。

ごめんね・・・」



     終わり。