Dark blueの絵日記

ハロプロ関連の記事が主。後は将棋と猫を少々

元禄の楓

長屋

 

「大将、わたしは楓姉さんを送って帰りますから

これで失礼します」

「おお~気をつけて帰りな」

 

玲奈は働いていた居酒屋に楓を招いて酒を呑ませて
ご馳走するつもりで呼んだのだけど。

 

酔った楓に肩を貸して歩きながら、

「ホント楓姉さんはお酒に弱いんですね。

たった一合ほどでこんなに酔っ払うなんて」

「すまないね~玲奈のせっかくの奢りなのにぃ」

楓は少しろれつの回らない声で言う、

 

玲奈はいつも楓に世話になってばかりだけど、
酔った楓を介抱するなんて事は無かったので、

少しでも恩返しが出来ると嬉しかった。

 

「大丈夫ですか姉さん。一人で帰れますか?」

「お~でぃじょうぶだよ。ひとりで帰れら~」

「何に言ってるんですか、その様子じゃあ

無理ですよ。この近くにわたしの住んでる長屋が

あるから休んでいってくださいよ」

 

という事で玲奈の住む長屋に着いた。

玲奈は、巾着切りをやってた時は根無し草で

仲間の家を転々としたりして定住しなかったの

だけど、楓がそれがいけないと、この長屋の

ひと間を紹介してくれたのだ。

 

この長屋は、ひと間と炊事用の土間があるだけど。

何にも無い部屋だね~と楓は言ったのだけど。

「そうなんです。だって三食は居酒屋で食べさせて

貰うから普段は炊事はしないし、夜帰って寝るだけ

なんです」

 

上がった楓は酒を呑んで気持ちがよくないのか、

横になる。

「姉さん、良かったらここに泊まっていけば」

「そうかい、泊まってくか」

 

でも困った事は、布団が一組しか無いのだ。

「楓姉さんはお布団で寝てください。わたしは
着物を被って寝ますから」

すると楓は、がばっと起き上がると、


「それはいけないよ!まだ寒いし、

玲奈が布団を使いなよ」

いえ、姉さんが、いや玲奈が。と

言い合っていたが、

楓が、
「じゃあ、一緒に寝ればいいじゃないか。

そうしよう」となって、玲奈が布団を敷くと、

楓がさっさと襦袢だけになって布団にもぐり込む。

 

玲奈も着物を脱いで布団の側に座ったけれど

入るのに躊躇していると、
楓が掛け布団を持ち上げて、

「ほら、早く入りなよ」

 

それで玲奈もそろそろと布団に入る。

 

少しすると楓は寝つきがいいらしく、

すぐに寝息をたて始める。

玲奈は横向きに寝ている楓の背中にそっと

身を寄せる。

 

玲奈は子供の頃の田舎の事を思い出していた。

狭い家に両親と祖父母、子供が五人と

大所帯だけど寝る時は次女の玲奈は姉と一緒の

布団で休むのだけど、薄い煎餅布団だけど

二人の体温で温かくて寒い夜もしのぐ事が出来た。

 

夜が明けて、外はまだ薄暗いけど玲奈は

飛び起きた。外から、「とうふぅ~とうふぅ~~」

と、振売り(ふりうり)の掛け声が聞こえて来たのだ。

『振売り』とは朝飯用の

色々なお菜などを売りに来る行商の事だ。

売物を長い棒に下げて売るので、ぼて振り(棒手振り)

とも言う。

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長屋には朝早く振売り達が何人も売りに来るのだ。

 

自分一人ならいつも朝飯は食べないで居酒屋へ

勤めに行くのだけど、今朝は楓姉さんが居るから

何か朝飯を買わなくてはいけない。

 

外に出ると、振売り達が掛け声を上げて

歩いている。油揚げ、干し魚、貝の剥き身、

納豆、豆腐、醤油、味噌、などを売り歩いている。

長屋からは朝飯のお菜を求めるおかみさん達も

群がっている。玲奈もそれに加わっていると、

 

「おや、玲奈ちゃんも珍しく買い物かい」

と、お隣の夫婦二人で住んでるおかみさんが声を

掛けてくる。玲奈も笑顔を振りまきながら、

「そうなんです。昨夜お客さんが泊まりに

来たんですよ」

 

玲奈が色々買った物をざるに入れていると

おかみさんが、

「そう言えば、昨夜は女の人の声が聴こえたね」

「そうなんです。お世話になってるお姉さんなんです」

「そうかいそうかい。でも玲奈ちゃんお米は

あるのかい」

 

そう言われて気がついた、お米を切らしてるのを

忘れてた。

「あちゃあー、実は切らしてるんですぅ」

「それはいけないね。じゃあ持って来るから待ってな」

「あっすみません!」

 

少しして玲奈が外に出ると、おかみさんが枡を

持って来て

「ほらこれだけあれば足りるかい」

一合枡にお米を満たして渡してくれる。

「ハイ!二人だけなので十分です!ありがとう

ございます」

玲奈は満面の笑みで大きく頭を下げた。

 

おかみさんは手を振りながら、

「いえね、よく玲奈ちゃんからは亭主の為に

お酒を頂くからほんのお礼だから気にしないでいいよ」

 

旦那さんがお酒好きと聞いたのでお店の残りの

お酒を貰って何度か差し上げていたのだ。

 

部屋に戻ると、楓が起きていて火を起こそうと、

七輪に向かって火打石をさかんに叩いているけど

さっぱり火がつかない。

 

「あー姉さん、わたしがやりますから、いいです!」

玲奈がちゃっちゃと火打石を叩いてたちまち火を

起こすと、

「姉さんは、羽釜でお米を研いでください」

「あれぇ、お米はどうやって研ぐの?」

「えー?それは羽釜に水を・・・あ、いいです!

わたしがやります!全部やりますから」

 

玲奈は羽釜のお米に水を汲んで入れて研ぎながら

楓姉さんって炊事をやった事が無いのかなぁ

と思う。玲奈は手際よく七輪でお味噌汁を作り、

羽釜で飯を炊く。

 

何とか朝飯が出来上がった。

お菜は豆腐と油揚げの味噌汁にメザシに納豆。お漬物は
またおかみさんが沢庵を持って来てくれた。

 

楓は、納豆を見て、

「これはどうやって食べるの?」

玲奈が、ご飯にかけてよくかき混ぜてお醤油を

たらして食べるのと教える。

 

たぶん、楓お嬢様は食べた事が無いらしい。

 

お膳が一つしか無いので楓の前に置き、

玲奈の分は畳にまな板を置いて食器をおく。

 

二人は差し向かいで食べ始める。

玲奈は楓におそるおそる味を聞いてみる。

もしかしたらお口に合わないかもしれない。
玲奈にしたら田舎の時を考えれば十分の

ご馳走なのだけど。

 

楓は、美味しい美味しいと納豆かけご飯をかき

こんでいる。

それを見て玲奈は良かったと心からほっとする。

そして玲奈は胸にくるものがあって、

箸をとめていると、

楓が、
「玲奈、どうしたの?」

玲奈が笑顔でなんでもないと首を振って

食べ始める。

 

食事が終り、玲奈は勤めに、楓は帰るため出かける。

 

別れ際に楓は玲奈に、

「昨夜は玲奈と一緒に休んで、そして玲奈の

美味しい朝ご飯を食べられて、今日は良い一日に

なりそうだね。どうもありがとう」

 

それを聞いた玲奈は一瞬胸がつまって下を向いた。

「玲奈・・・」

「姉さん、ごめんなさい。楓姉さんと一緒に休んで

一緒にご飯を食べて、とても嬉しかったの。

田舎のお姉ちゃんと一緒に寝て一緒にご飯を食べてた、

大好きなお姉ちゃん。なんか楓姉さんがまるで

本当のお姉ちゃんみたいに思えて・・・」

 

楓は涙ぐんでいる玲奈を抱き寄せると、

「わたしも、玲奈の事を本当の妹だと思っているよ」

 

玲奈は楓を強く抱きしめると、ぱっと離れて駆け出して行った。

 

楓はそんな玲奈を見えなくなるまで見送っていた。

終り

 

元禄の楓

辻斬り

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