Dark blueの絵日記

ハロプロ関連の記事が主。後は将棋と猫を少々

元禄の楓

玲奈の素性

 

広瀬は、
「その楓さんの素性だが、ある者は楓さんは大店の旦那の
お妾さんじゃないかと言うんだけど、確かに一理はある。
旦那のお相手以外は自由に市中を動き回れるし、旦那から
たっぷりお手当を頂けるだろうし」

玲奈はきっとなって顔を上げると、
「違います!楓姉さんはお妾さんなんかじゃあ無いです!」
「ほ~どうしてそう思う」

「それは、これとはっきりとは言えないけど、姉さんは
囲われものでは無いと思います」

広瀬はうなずくと、
「俺もそう思うな。お妾さんでは無いような気がする。
他にも、楓さんは大夫じゃないのか。と言う者もいた。
大夫(たゆう)を知ってるかい」

玲奈は首を振って
「聞いた事はあるけど、よく知りません」

「最下級の遊女を夜鷹と言うのを話したな。
大夫とは、その逆に最上級の遊女を大夫と言うんだ。
なるほど、大夫ならばある程度の自由もあるだろうし、
揚げ代もかなりの額になるはずだ」

玲奈は強く首を振った。
「違います!大夫って言っても結局は身を売る
遊女なんでしょう!」

広瀬は頭をかいて、
「まあな、そうなんだけど」

「楓姉さんは女郎なんかじゃ無いです!絶対に!」

玲奈は吐き捨てるように言った。

広瀬は、眼を細めて玲奈を見て厳しい声で、
「女郎なんかと言うもんじゃない・・・遊女だ。
どんな女も遊女になりたくてなったわけじゃないんだ。

どれほどの思いで、遊女になるしかなかった女の気持ちを
玲奈なら、わかるだろうに」


玲奈は顔を歪めてその瞳から涙をぼろぼろ流しながら
「はい・・・ごめんなさい」

広瀬は、玲奈の側に行くとその肩に手をやると、
「悪かった。決して責めてるわけじゃないんだ。
もう泣かないでくれ」
広瀬は懐から半紙を出して玲奈に渡した。

玲奈はそれで涙を拭いた。


広瀬は席に戻ると、
「とにかく、楓さんは大夫やお妾では無い。それは
断言していい。俺はこれでも町奉行所同心として役目なりに
人を見る目はあるつもりだ。

決して大夫やお妾が道を外れてるとは思わない。しかし、
そういう立場の人間は、見た目はどんなに陽気にふるまって
いてもどこかしら陰のような物が見え隠れするものだ。

その陰を、楓さんには微塵も感じさせない。
その落ち着いた堂々とした振る舞い。
優しくて親身にあふれた物言い。
楓さんを誰もが好きになるのもわかるような気がする」

玲奈は力強くうなずいた。

「ところで、玲奈」
「はい」

「玲奈が江戸に来たのは、いくつぐらいの頃かい」
「15歳でした。父さんが病気になって働けなくなり
口減らしのため奉公に出される事になったんです」

「そうか。それで江戸に来たのか」

「はい。それとうちが13歳の頃お姉ちゃんも江戸に
奉公に出されていたんです。だからどうしても江戸に
行きたかったんです」

「そうかそうか。お姉ちゃんがいたのか、名前は」

「はい。知沙希といいます。ちぃ姉ちゃんは優しくて
大好きでした。ちぃ姉ちゃんが出て行って悲しくて
泣いてばかりでした」

「かわいそうに。それで姉の奉公先は?」
「それが、一年程前から便りがぱったり来なくなったんです。
お店の手紙には店を出て行ってわからないって」

「それは心配だな。それで姉を捜すため江戸に来て、
玲奈の奉公先は?」

玲奈は顔を曇らせて、
「うちは、江戸のお茶屋さんに出されると聞いたのですが、
行ってみると全然違っていたので・・・思いあまって
その店から逃げ出したんです」

「ふ~ん、どうして逃げ出したりしたのかい?」

玲奈は下を向いていたが、ようやく顔を上げると、
「うちは、女郎・・・遊女になるのが嫌だったから」

広瀬はうなずいて、
「なるほどな、その店は『あいまい宿』だったのか」
「はい」

広瀬は納得したように、
「わかった。それでさっきは大夫の事であんな物言いに
なったんだな。玲奈も苦労したんだなぁ」

玲奈は黙って頭を下げた。

「この江戸で、女が自立するのは並大抵の事では無い。
まして年端もいかない女の子が一人放り出されては、
行き倒れになるしかない。喰って行くためには」

広瀬は玲奈に眼をやると、
「生きてゆくためには、夜鷹になるか、盗みやスリを
働くしかない」

玲奈は唇を噛みしめた。

「玲奈も、楓さんに出会って救われたな」

「はい。楓姉さんには本当に感謝しています」


続く。