Dark blueの絵日記

ハロプロ関連の記事が主。後は将棋と猫を少々

聖少女最終章


最後の審判 二


光男は懐に片手を入れたまま立ち上がり、山口に近寄った、
隠し持ったレーザー銃を握りしめていた。

山口も光男に近寄ると光男の上着の胸の膨らみに
気がつくと、光男の上着に手を掛けてボタンを外して
中のベストを見て、

「きさま!そのベストに隠しているのは爆弾だな、
しかも強力なプラスチック爆弾のようだな」

光男は山口に触れるほど密着すると、レーザー銃を
抜き出して山口の胸に銃口を押し当てて引き金を引いた。

一瞬、山口の胸を貫通して背中から天井へ向けて
一筋のレーザー光線が抜けるのが見えた。


光男はレーザー銃で撃ちぬかれて倒れかかる山口を
抱きかかえると、私に向けて目で合図した、
気がついて、光男と二人で山口を両側から抱えると、
会場の出口に向かう。

光男は出口に立っている兵士に、
「ワインを飲みすぎて酔っ払ったんだ。少し休ませないと」
兵士はうなずくと3人を通した。


山口を通路にある長い座席に寝かせる。
山口は急所を外れたのか、まだ息があった。


光男は私にレーザー銃を手渡した。
「俺にはもうそれは必要ない。何かの役に立つだろうから
持っていればいい。使い方は拳銃と同じだ」

胸ポケットに銃をしまうと、
「光男さん、これからどうするのですか・・・」

「これから始末をつけてくる。すべての幕が降りるのだ。
友男さんには本当にお世話になった。
俺の家族に食べ物を持って来てくれて、本当に感謝している。
子供達のあんなに嬉しそうな顔を見たのは初めてだった。
この後俺は妻と子供達の所に行くから、俺から礼を言っとくよ。
いまから15分間だけ待つから、その間に外へ逃げてください」

光男はそう言い残すと、会場の中へ入って行った。


私は少しの間光男を見送っていたが、山口の方へ視線を戻した。

山口はうつろな目で私を見ていた。

彼の上にかがみ込むと、
「医者を呼んできます」

山口は小さく首を振って、
「その必要は無い。お前はさゆみの所にただちに行くのだ、
時間が無い、さゆみはこの下の厨房に連れて行かれてる」

うなずいて行こうとすると、
「待て。私が山口と名乗った理由がわかるか・・・」


何を言い出すのかと、彼を見ると、

「私は山口県の生まれだから、そう名乗ったのだ」

「何ですって!まさか」


さゆも山口県で生まれたと言っていた、


「そうだ、私はさゆみの父親だ」


息を呑んで彼を見つめた、
「・・・そうですか、それでその事をさゆには?」

彼はうなずくと、
「これまで言えなかったが、今朝、さゆみに本当の事を話した」

「そうでしたか。それでさゆは」

「さゆみは、すべてわかってくれた。これまで育てて
くれて感謝していると言ってくれた」



彼を見つめて、
「そうですか。しかし、人食い共に捧げる為にさゆを人身御供として
育てきたあなたに父親の資格は無い」

彼はかすかに笑った、
「その通りだ。私はある意味総統よりも罪が深い。
そして母親についても本当の事をさゆみに話した、
私は秘密を守るために、私の実の妹と結婚させられた、
その妹が、さゆみの母親なのだ」

さゆが衣通姫が実の兄と愛し合った伝説を聞いて
涙を流した事を思い出していた。


「早くさゆみの所へ行くのだ、あの男はこれから会場で
隠し持った爆弾で自爆するつもりなのだ、
あの爆弾の量からすると、このフロアが吹き飛ぶだけでは
すみそうに無い、このビルが倒壊するかもしれない、
早くさゆみと共に外へ逃れるのだ」

彼は、そう言うと目を閉じてがっくりと首を垂れた。



すぐさま直ぐ下の2階に階段を駆け足で降りると、
厨房の入口のドアに手を掛けたが、どうしても開かない、
レーザー銃を取り出したが、分厚いドアを破ることは
出来そうにも無い、

ふと気がついて、ドアの小窓に自分の手の平を当てた、
見事ドアは開いた。

中に勢い込んで飛び込むと、寝台にさゆが裸で寝かされて
いるのが見えた、
白い服の男が何人かおり、そのうちの一人が、
なにか銃のような物を持ってさゆの側に立っている、


「待て!さゆから離れろ!!」
叫ぶとその男達は振り返った、

どうやら手に持っているのは、『スタンニングボルト』らしかった、
それでさゆの額を銃撃して失神させてから
喉を切り開いて失血死させてから処理するのだ。

私は怒りにまかせてレーザー銃の引き金をしぼり、
スタンニングボルトを持ったその男は撃った。

他の者は茫然として私の持っているレーザー銃と
倒れた男を見比べた、


「死にたくなかったら、ただちに部屋から出て行け!」
私の命令に、全員手を上げながら出て行った。


さゆに駆け寄って顔を見ると、さゆは目を開けた、
そして起こしてやりながら、

「さゆ!もう大丈夫だよ、僕と一緒に行こう」
タキシードの上着を脱ぐと、裸のさゆに着せる。

「私の王子様が救いに来てくれたのね」
さゆはそう言って私の胸に顔をうずめた。

丸坊主のさゆの頭をそっと撫でた。


「時間が無いよ!すぐに外へ出るんだ!」

さゆを立たせると、その手を引いて外の通路に走り出た。


会場に戻った光男はテーブルに腰掛けていたが、
時計を見て15分経った事を確めると、
ゆっくりと総統のテーブルの方へ歩いて行く。
上着のポケットの中の、爆弾の起爆装置を握りしめていた。

総統の方へ向かう不審な男に気がついた兵士が光男の
後を追いかけたが、
大勢の人間がいる会場内では発砲は出来ない、


総統は、近づいてくる光男に気がついて顔を上げた。
二人の兵士が光男に追いついて両側から光男を押さえた、


「俺と共に地獄へ行くがいい・・・」


光男は爆弾の起爆装置のスイッチを入れた。


さゆの手を引いて階段を降りて、一階にたどり着いて、
一瞬安堵した時、爆発が起きた。




最後の審判 三


光男はダイナマイトの1・5倍の威力があり、マッチ箱ほどの
大きさでレストランほどの広さの中の人間を全員死傷させる
事が出来る強力なプラスチック爆弾を、
着ているベストの中にいくつもびっしりと隠していた。

それがすべて爆発した時、ブリードビルの強固な外壁のせいで、
爆風の圧力はすべて内部に向けられ、
三階の会場に居た人間全員を即死させた後、床を崩壊させ
二階、一階の天井をつき抜け崩れていった。


友男とさゆみは、爆発で一階の天井が崩落した時、
ちょうど比較的狭い通路に出た時だったので、
奇跡的に即死を免れた。
二人は、崩落した壁のわずかの隙間にかろうじて
重なり合って横になっていた。

頭の直ぐ上に壁が覆いかぶさり、ほとんど身動き出来ない
程の空間しか無かった。


私は片足が壁の下敷きになっていて、まったく
その足には感覚が無く、重大な損傷を負っているに違いない。
自分の体の下にいるさゆみの様子を見ようとしたが、
夜ということもあり真っ暗闇で何も見えなかった、
手でさゆの顔を触れると確かにその存在を感じるのだが。


ようやく、さゆが意識を取り戻した気配を感じた、
埃が立ち込めていて、さゆは激しく咳き込んだ、
さゆも私の顔に手を触れてその存在を確めた。

「・・・大丈夫?どこか体は痛くない?
すぐに助けが来るからそれまで我慢出来るね」

私の問いかけにさゆは返事をした。
幸いさゆは体のどこも怪我をしていないようだった。

「友男さんは大丈夫なの?」

「僕の方も大丈夫だよ」
まったく感覚が無い片足の事は、心配させない
ために触れなかった。



「必ず助けが来るから、希望を捨てないで。
それまで僕が守っているから」

「何が起こったの?真っ暗で何も見えないわ。
体も身動き出来ないわ・・・」

「またビルが爆発したんだ。今度の爆発は大きくて
ビルが崩れ落ちたんだ。僕たちは奇跡的にまだ命を
つないでいるけど」

それもいつまで保てるかどうかわからない。
何時、ビルが完全に崩壊してしまうかわからない、
そうなれば二人の命は風前の灯にすぎない。


少しでもさゆを楽にさせようと、体を捻って
さゆの上から自分の体をずらそうとした、
とたんに、下敷きになった片足に激痛が走った、
思わずうめき声を上げるほどの激しい痛みだった、

「友男さん!どうしたの!」

さゆに返事も出来ず、しばらく歯を食い縛り痛みを堪えた。

どうやら下敷きの足は骨折とかいう生やさしいものでは
無いようだった、片足は潰れてるようだった。


ようやく声を絞り出して、
「何でもないよ・・・心配無いから安心して」

かなりの失血もしているかもしれない、
そうなると、自分がいつまで命を保てるかわからない、

「本当に大丈夫?」
さゆは心配そうに私の頬に手を当てて言った。

しばらくして、何とか足の痛みも我慢出来るところまで
収まってきた。と言うより足の感覚が無くなってきたのだ。

さゆの体に触れようとして、その柔らかい胸に
直接手を触れてしまい、思わず手を離した。
さゆは私が着せた上着だけで下は裸だという事に
気がついた。

幸い今は7月で寒くはなかった。
そっとさゆの上着の襟を合わせた。


さゆの気を紛らわせるために喋った、

「もうさゆは自由の身だよ。これまでさゆを縛っていた
人間達は、この爆発で残らず死んでしまったに違いない」

「お父さんはどうなったの?」

私は山口、さゆの父親の顔を思い出した、
今思い起こせば、父親としての顔を見せていた部分が
あったかもしれない。

「残念だけど、お父さんも亡くなったと思う。
今はそんな事は忘れて、これからさゆの将来だけを
見据えて、これからの楽しい事だけを考えるんだ」



「そんな事は今は何も考えられないわ」

「考えるんだ、まだ小さかった頃の事でもいい、
やってみたかった事、なりたかった職業とか、
お嫁さんの他に何かあったはずだよ」

しばらく考えていたさゆは、やがて口を開いた。

「自分の将来の事など何も考えられなかったわ、
でもね、もしさゆみが生まれ変わったら、
なりたいものがあったわ。
テレビを観ていて、時々昔の映像が流れるの。
もう40年も50年も昔の映像なのだけど、
その頃はアイドルっていう人達がいたそうよ」


「アイドル?」

「そう、アイドル。さゆみと同じ位の年頃のアイドルと呼ばれる
男の子や女の子達がいたの。その子達は歌ったりダンスしたり
して、皆の憧れの存在だったそうよ」

今では、アイドルという言葉は死語になっていて、そのアイドルの
存在も無くなっていた。

さゆは続けた。
「それで、さゆみが生まれ変わったら、アイドルになりたいと
思った事があるわ・・・・到底かなえられない夢でしかないけど」

「なれるさ、生まれ変わらなくても十分にかなう夢だよ。
さゆはまだ15歳になったばかりなんだ。これから無限の
可能性のある将来が待っているんだよ」



「本当になれると思う?」

「本当になれる。だってさゆはこの世の誰よりも可愛いのだから」

「嬉しいわ。友男さんにそう言ってもらえたら、なによりも
嬉しいわ。でも、こんな丸坊主の頭でアイドルになれるかしら」

私は笑って、さゆの坊主頭を撫でて、
「そんな頭のさゆも可愛いと思うよ。それに、髪の毛は直ぐに
伸びてくるよ。後半年もしたら髪も伸びて、そのアイドルに
なれるよ、必ず」



自分の潰れた片足は、痛みを通り越して痺れ始めていた、
失血のせいか意識も少しずつ薄れはじめていた、
今夜か、明日いっぱい持つかどうか疑わしい。
自分はどうなってもいい。さゆだけは助けたいと思った。

さゆはそれまでの疲れからか、うとうとと眠りはじめた。

私の方は、眠るというより足の負傷の出血のせいで、
意識が遠のいていった。


そして時間が立ち、日の出の時間になって辺りが
明るくなっていき、友男とさゆの閉じ込められた所にも
わずかに陽が差してきた。


外では、昨夜まで警備していた兵士達が放心したように
見守る中、ブリードビルは外から見ただけでは何事も
無いかのように見えるが、
実際は、三階で起きた大爆発で三階より下の内部の
構造物が完全に崩落し、それより上の4階以上の建物も
三階以下が無くなったために、建物全体が完全崩壊の
危機が迫ってきていた。

その証拠に、耳をすませてみれば、ギシギシ、ミリミリと
建物の崩壊する前兆の音が聞こえてくるはずだ。


兵士の一人が、一階の入口から恐る恐る中を覗いた、
3階から下が完全に崩落して、一階には天井や壁などが
うずたかく積もっていて、とても生存者がいるとは思えない、
しかし、友男とさゆはその中でまだ生きていた。

ふと、その兵士はかすかに人の話し声を聞いたような
気がして、思わず耳をすました。




復活


さゆは目を覚まし、わずかに朝の光が差し込み友男の顔が見えて、

「友男さん!起きて!目を開けて〜!」
友男の頬に触ってみると、まだ温もりがあるのでほっとして
声を上げ続けた。

そのさゆの声で、ようやく友男は意識を取り戻し、目を開けた。

「友男さん、朝よ!」

友男は目を開けたが意識は朦朧としていた、
「・・・これはお姫様、お早う」

さゆの頭が丸坊主だと気がついて、
「お姫様ではないな・・・尼さんだったか」

さゆは友男の頬を叩いて、
「何を言ってるのよ!私達は生き埋めになってるのよ!」


友男は辺りを見回して、二人が瓦礫の中に埋もれて身動き
出来ない状態だという事を思い出した。
その時、ギシギシと辺りが揺れ埃と共に瓦礫の破片が
バラバラと落ちてくる、今にもビルが崩壊するかもしれない、

「もう僕らは助からないよ・・・運は尽きたよ」

さゆは強く首を振って、
「そんな事無いわ!昨夜は必ず助けが来るって
言ってたのは友男さんじゃない!
そんな弱気な事は言わないで」



「もうダメだよ・・・最後に思い残した事があるよ、
さゆにまだ返事を貰ってない」

「返事って?」

「僕はさゆにプロポーズしたはずだよ。
その返事をまだ貰ってない。その返事を貰えないうちは
死んでも死に切れない」

さゆは友男の手を探りその手を握りしめた、
その手は、ゾッとするほど冷たかった。


「もう一度言う、僕と結婚してくれないか」

さゆは小さくうなずくと、

「はい。こんな私で良かったら」


「ありがとう。こんな嬉しい事はないよ。
もう思い残す事は無い。いつ死んでもいい」

友男はまた意識が薄れていって、目を閉じた。


さゆは友男の頬を叩きながら声を上げた、
「友男さん!死んじゃいや!目を開けて〜!」

その声は友男には聞こえなくなっていた。


「誰かいませんか〜!誰か助けて下さい〜!!」
さゆは声を張り上げて助けを求めた。


その若い兵士は確かに女の子の声を聞いて、一階の瓦礫の
山の中へ向かって声をかけた、
「誰かいるのか〜!!聞こえたら返事をしろ!」

さゆもその声を聞いて、
「ここにいます〜!!助けてください!」

兵士はその声を聴いて入口から瓦礫の山を覗き込んだ。


「どうかしたのか」
もう一人の兵士が入り口から入ってきて言った。

「生存者がいるようです、声をかけたら返事をしました。
すぐそこみたいです、直ぐに助け出さないと」



その時、ビルの上の方から不気味な震動が伝わってきて
破片がバラバラと落ちてきた、
二人の兵士はあわてて外に出ると、ビルの上を見上げた、
ビルの建物が細かく震動して揺れているのがわかる。

爆発で内部が崩落して半ば残骸と化していたブリードビルは
外壁はかろうじて形を保っていたが、いつ全体が崩壊するか
わからない。


「このビルはまもなく崩れ落ちる、早くこの場を離れるんだ!」

若い兵士はビルを振り返りながら、
「まだ生存者がいるんですよ!あの声は女の子みたいだった、
早く助け出さないと」



もう一人の兵士は首を振った、
「ダメだ、いつビルが崩れ落ちるかわからないし、
あの瓦礫の山の中に埋もれている人を人間の手だけで
助け出すのは到底無理だ。
重機があればともかく、ここにはそんな物は無い、
かわいそうだが、どうにもならない」

若い兵士は辺りを見回し、あるものに目をとめた、
「重機はあります、あそこに・・・」

見ると、戦車が見えた。
「バカな、戦車が何の役に立つと言うんだ」


兵士は戦車に走って行き、側にいた戦車の操縦士に
事情を話していた、
操縦士はうなずくと戦車の中に入り、戦車を動かした。

戻ってきた若い兵士に、
「止めろ!戦車で瓦礫の中に突っ込んで行ったりしたら、
瓦礫が崩れ落ちてかえって危険な事になりかねない!」

若い兵士は、ビルに向かって行く戦車を見ながら、
「危険な事はわかっています、でもこのまま放っておいても
ビルが崩れて助からないのです、やってみる価値はあります」


砲塔を後ろに回した巨大な戦車は、しゃにむに瓦礫の山の
中に突入して行った。

さゆは、突然すぐ側に轟音と共に戦車が突っ込んできて
瓦礫が崩れ落ち、さゆの上になっていた友男の
頭に大きな瓦礫の塊りが落ちてきて直撃したので、

「友男さん!!」
と悲痛な声を上げた、


戦車の後に続いた兵士が、さゆの声でその方向を見て
さゆの姿を確認すると、
ただちに、戦車に向かって操縦士に戦車を止めるようにと叫んだ。



兵士はさゆの体に手をかけて引っ張り出した、
さゆは引きずられながら叫んだ、
「私はいいから友男さんを助けて!怪我をしてるの」

兵士は友男の方を見た、身動きひとつしない。
「・・・その男はもう死んでるよ」

さゆは泣き叫びながら、
「そんなことない!友男さんはまだ生きてます!!
早く助けて上げて!」

兵士は友男の口の辺りに触ってまだ息があるのを
確めると、友男の体を瓦礫の下から引き出そうとしたが
まったく動かない。
重い瓦礫が友男の片足に覆いかぶさっているせいだ、


「早くしろ!今にも上から瓦礫が崩れ落ちてきそうだ!」
戦車の操縦士が叫んだ、

兵士は友男を置き去りにして行こうとした、

さゆは泣き叫びながら友男にすがりながら、
「お願い!友男さんも助けてください!
でないと、私もここに残ります・・・」


そのさゆをじっと見ていた兵士は決断すると、腰の銃剣を
取り出した。その銃剣で瓦礫の外に出ている友男の
膝の上を切り落として引き出すつもりだった。

そしてさゆに、
「これしか助ける方法が無い、わかったね」

さゆはうなずくしかなく、兵士が銃剣を友男の足目がけて
振り上げると、目を覆った。


兵士と戦車の操縦士は友男を戦車の上に抱え上げ、
さゆも戦車の上にあげ砲塔につかませると、
ただちに操縦士は戦車の中に入り、戦車を発進させた。


戦車が速度を上げてビルから離れた直後に、
ブリードビルは大音響を上げて崩れ落ちていき、
ほんの数十秒後に、巨大な瓦礫の山と化していた。


ようやく安全な場所に戦車はたどり着いて止まった。
戦車の上の兵士は近寄ってきた兵士達に、
すぐに軍医か衛生兵を呼ぶようにと言うと、
友男の切り落とした左足の根元をベルトできつく縛る。

さゆはその友男の頭を強く抱きしめていた。





虹の娘



ブリードビルが爆発崩壊して約一ヶ月が立っていた。
私は収容されていた病院でようやく意識を取り戻した。
瓦礫の塊りが頭に直撃して脳に障害が起きてずっと
意識不明のままだったのだ。

さっそく医師が質問した、自分の名前、年齢、家族の事などを
覚えているか聞いて記憶傷害の有無を確めた。
私は何とかそれらを答える事が出来た、
しかし、ビルが崩壊する一ヶ月前までの記憶が無かった、
つまり、6月10日から7月13日までの記憶が飛んでいたのだ。

頭をかかえて何とか思い出そうとしたが、どうしても
思い出せない。
6月9日に、明日から一ヶ月の間、ある女性の世話をする
仕事を引き受けた事までは覚えていたが、それ以降の記憶が
まったく飛んでしまって無いのだった。
自分がどうなってこの病院に収容されたのかもわからなかった。


「頭を強く打ったりするとよくある記憶障害なのよ、
時間がたてば少しずつ思い出してくるから心配ないわ」

看護師がそう言って私をなぐさめた。
二十代半ばの日焼けした人懐っこい感じの看護師だった。

「そうですか・・・なんで思い出せないのだろう」

「そうだとしたら、毎日のようにあなたを見舞いに来てた
女の子の事も覚えてないのかしら、15、6歳の子よ、
妹さんのようにも見えなかったけど」

首を振った、
「そんな女の子は全然覚えていないです、それに僕には
妹はいません」


友男は、一ヶ月間共に過ごしたさゆみの事をまったく
記憶していなかった。


私はベッドの上に半身を起こした、別に体は痛い所も
無かった。急に足に痒みを覚えて掻こうと手を伸ばした、
不思議な事にいくら手を伸ばしても足が掻けない、

「すみません、足が痒いのですが掻けないのです、
悪いけど掻いてくれますか、左足の足首のあたりです」

看護師は、足元の毛布をめくってチラッと見ると、
「私にも掻けないわ。お気の毒だけど、あなたの左足は
膝の下から無いのよ・・・」


「はぁああああ〜?!!」
私は驚いて、布団を取り払って自分の左足を見た、
自分の左足は、膝から下が無かった。

ショックで口がきけなくて看護師を見た、

看護師は気の毒そうに言った、
「消失した無いはずの足が痛みや痒みを覚えるのは、
幻肢痛』といってよくある事なの。
でも今は良い義足があるから大丈夫よ。
自分の足同様に動くのだから、元気を出しなさい」


私はすっかり落ち込んでベッドに倒れこんだ。
自分の左足を失ったのも大きなショックだったが、
なぜ負傷した事さえ思い出せないのが不安にさせた。

看護師は布団をかけてやりながら、
「毎日あなたを見舞いに来てくれてたあの女の子が
また来てくれれば元気が出ると思うのだけど、
とっても可愛い女の子よ。あなたの事を真剣に
見守ってる姿は、よほどあなたの事が好きなのね。
だけど、あの女の子は3日前から姿が見えないのよ」

その女の子の事を考えたが、まったく心当たりが
無かった、大学のガールフレンドの女の子のひとりを
思い出したが、彼女は20歳過ぎていて年齢的に合わない。
たぶん、記憶が飛んでいた一ヶ月の間に知り合ったのだと
思った。


翌日、看護師が病室にやって来て、
「あなたに面会よ。とっても可愛い女の子よ。
でも、毎日来てたあの女の子とは違う子よ。あなたって
よほど女の子にもてるのね」

すぐにその女の子が病室に飛び込んできた、
「友男〜!!」

桃子だった。

ももはベッドに駆け寄ると手を握ってきて、

「友男が行方不明になってとっても心配してたんよ!
ようやくこの病院に入院してる事がわかったのよ、
病気は治ったの?元気そうじゃない、本当に良かった」

ももは涙を浮かべながら言った。

ももはガールフレンドの中では、私も気に入っていて、
何度かベッドを共にした事があった。

いつもは、髪の毛を真っ赤に染めていたり、派手な服を
着て化粧も濃かったのだけど、
久しぶりに見るももは、髪の毛も黒く戻しポニーテールに
していて、着ている物もジーパンにTシャツだけだった。

そして素顔のももは何だか子供っぽく見えて、
片足を切断して傷心の私にとって、たまらなく愛着を
覚えて、ももの手を強く握り返した。


友男の中には、さゆの事はまったく念頭に無かった。
さゆを愛し、プロポーズまでした事は記憶の外だった。

その後、2、3日して郷里から友男の両親がやって来て
友男を退院させて連れて行った。 桃子も一緒だった。


一週間ほどして、病院にさゆみがやって来た。
病室に友男の姿が無いので、ちょうど居合わせた
顔見知りの看護師に聞いてみる。



看護師は友男が両親に連れられて退院した事を告げた。
そして、若い女の子も一緒だった事もさゆみに言った。

「そうですか・・・」

看護師は、気落ちした様子のさゆみに友男の郷里の
地名を言うと、

「私にはあなた達にどんな事情があるかわからないけど、
あなたが本当に友男さんの事を好きなら、
どこまでも追いかけて行くべきだと思うな。
たとえライバルが居たとしても」


さゆみは首を振ると、

「もういいんです。友男さんは、私が悪魔に食べられそうに
なった時、救ってくれた王子様なのです。
友男さんの事を生涯感謝して思い続けています。
私は、結局は報われない人魚姫に過ぎないのです」

さゆは看護師に頭を下げると出て行った。

「人魚姫か」

看護師はおかしな事を言う女の子だなと思ったが、
何となくわかるような気もした。


「徳永さん、こっちを手伝って」
「は〜い!」

看護師は同僚に呼ばれて元気良く返事をした。



それから約1年ほど立った、2057年の7月のある日、
ある野外の会場でイベントが行われていた。

新しくデビューした女の子三人組のユニットのお披露目の
イベントだった。


一年前のブリードビルの爆発で独裁者の総統が死んでからは
民主的な政府が誕生して、元のような自由な社会に戻っていた。

独裁政治の原因のひとつだった食糧危機も、各国の二酸化炭素(CO2)削減の
効果が徐々に表れて地球温暖化が徐々に緩和したせいで、
世界的な天候異変も収まり、穀物の生産も順調に伸びていた。


食料を輸入だけに頼っていたこの国もそれを転換して農業に
力を入れるようになり、食糧危機も解消に向かっていた。
エネルギー問題も、石油に代わる動力として水素が
実用化されていた。


ステージの上がった三人の女の子がMCから紹介される。
「『マーメイド娘』の、さゆみ、みずき、りほです!では三人に
自己紹介をお願いします」


「マーメイド娘のりほで〜す!ダンスが得意です!
よろしくお願いします」

「マーメイド娘のみずきです。大好きなアイドルになれて
幸せです。頑張ります」

最後に、もうひとりの女の子がマイクを手に持った。

「マーメイド娘のさゆみです。
今日は、私の16歳の誕生日です。そんな良き日に、
夢だったデビューする事が出来てとても幸せなの。
では、デビュー曲の『Little Mermaid』を歌います」

集まったファンの大歓声が沸き上がった。


ステージの前列に、友男は桃子と一緒に観に来ていた。
友男は、あまり気乗りはしなかったのだが、桃子に誘われて
やって来たのだ。

郷里からまた東京に戻ってきて、新しい生活を始めていた。
左足の義足も慣れてきて、以前と同じように歩けるように
なっていた。それまでリハビリをする友男の手となり足となって
献身的に支えてくれたのは、桃子だった。



ステージのさゆみは、歌の途中で友男の存在に気がついた、
友男も自分をじっと見つめて歌うさゆみに気がついてた。

ステージの上と下で視線が合ってお互いを見詰め合った。
桃子はそんな二人を不思議そうに見比べていた。


さゆみは、歌を終えるとステージから降りると友男の側に
近寄った。

「友男さん!やっとまた会えたのね」

「さゆ・・・」


突然、友男の記憶がよみがえっていた。
二人は抱き合った。


そんな二人を桃子は茫然と見ていた。

さゆみは桃子に頭を下げると、友男との一ヶ月間を話した後、
「私は友男さんと一ヶ月間過ごすうちに友男さんを好きに
なっていきました。友男さんも私を好きになってくれて、
結婚しようと言ってくれたのです」

桃子は黙って聞いていた。


「今こうしてアイドルとしてデビュー出来たのは友男さんのおかげです。
本当に感謝しています。でも今になって考えると、それと結婚とは別の
ような気がします。あの友男さんと私の一ヶ月間は異常な時間だったのです。
私は生贄になることを運命として受け入れるしか無かったのです。
そんな時現れた友男さんを愛するようになりました。
友男さんもそんな私に同情して、私を愛してると言ってくれたのです」


さゆみをそう言って友男を見た。
友男はうなずいた。


「でも、あれから一年経って事情は変わったのです。片脚を失った友男さんが
こうやって元気な姿になれたのも桃子さんのおかげです。
異常な時に愛し合った私達は、正常な時に戻った今は終わりなのです」


友男は首を振ってさゆみの手を取ろうとした、
しかし、さゆみは友男の手を離すと桃子を見て、


「桃子さんに本当に感謝しています。私は友男さんと桃子さんの間に入っていける
立場では無いのです。私は友男さんに会えただけで満足です。
もう二度と友男さんに会うつもりはありません」


さゆみはそう言うと桃子と友男に頭を下げると、行こうとした。


「さゆみさん!」

桃子の声にさゆみが振り返ると、
桃子は、友男の手を取るとさゆみの方に引いて行き、その手を取り、
二人の手を握らせた。

そうしてくるりと背中を向けると、去って行った。




終わり





















         

           終わり