Dark blueの絵日記

ハロプロ関連の記事が主。後は将棋と猫を少々

聖少女 12

「納豆」


翌日、いつものようにブリードビルへ向かった。
休みは原則として無かったが、私が希望すれば
休みを取れることになっている。
仕事はさゆの相手をするだけだし、最近は毎日さゆに
会うのが楽しみだったが、今日は少し気が重かった。

山口がドアを開けると、さゆは少し離れた所に立っていた。
山口は少しの間さゆと私の顔を見比べていたが、
何も言わずに出て行った。

「おはようございます」
少し重苦しい空気を破るように大きな声で言うと、
さゆがおずおずと近づいてくる。

「今朝は誰かと会わなかったの」
「誰にも会ってません」

さゆをぐいと抱きしめると、キスをした。
唇を離すとさゆの目を見て、
「誰かの匂いがしますか」
さゆは小さく首を振った。


すぐに朝食になる。
今朝は和食で、ご飯にお味噌汁、鰯の丸干しを焼いた物、
それに卵と海苔が付いていた。納豆もあった。
納豆の中に生卵を入れて箸でぐりぐりとかきまぜる。
その納豆をご飯にかけると海苔をちぎってふりかけ、醤油を
たらした後、豪快に口の中にかき込んだ。
それを見ていたさゆが、

「そんな食べ方気持ち悪い〜」
と、いかにも気持ち悪そうな顔をする。
さゆは納豆は食べられないようだった。

納豆かけご飯を口の中にいっぱいにして、
「なにが気持ち悪いんだ!これが一番美味いんだ」
私の唇に生卵入りの納豆の黄色い汁がたれているのさゆは、

「そんな物を食べる人とはキスしたくない・・・」
さゆは調理した卵は食べられるようだが、生卵は
いっさい食べない。

「そうですか。なんなら今すぐキスしてあげましょうか」

「意地悪ね」


子供の頃、田舎の両親の実家で食べた、卵を入れた
納豆かけご飯が大好きだった。
食糧事情の悪い都会ではまったく食べられなかったのだ。

いつもは納豆を食べないさゆも、今日は納豆を一粒づつお上品に
口に運ぶ。
なにかそのやりとりで、二人の間のわだかまりも少しは
ほぐれたようだった。

朝食が終わり一息いれた後、さゆはいつものように
お風呂に向かう。
私は一瞬迷ったが、思い直してさゆの後に続く。
シャワーを浴びながらの会話は、誰にも聞かれる心配の
ない二人だけの貴重な時間だった。

浴室に入ると、さゆはシャワーのお湯を勢いよく
出して浴びていた。シャワーの音が狭い浴室内に反響して
大きな音を立てている。
後ろからさゆにかぶさるようにその耳に口をつけて、


「今は誰よりもさゆのことが好きなんだ」
さゆは振り返り伸び上がって私の耳に口をつけて、

「桃子さんのことも好きだったんでしょ、
桃子さんとはどこまでの関係なの?」

またももの事を持ち出したさゆにうんざりして、
「どこまでって、ももとは何でも無いよ」

さゆは私の顔をうかがいながら、
「ウソを言わないで。桃子さんを部屋に泊めたのでしょ」

「以前の事だけど、泊めたよ。夜遅かったし、仕方なかった」

「そう。じゃあ寝たの・・・」


さゆの口からそんな言葉が出るとは意外だった。そして、
自分の中の意地悪な気持ちが言わせたのかもしれない、

「・・・ああ、ももと寝たよ」

言ってしまって後悔したが、遅かった。


さゆはさっと私に背を向けると、浴室から出て行った。




「興奮」


浴室から出てみると、
ソファーにうつ伏せになったさゆを中年の女性が
マッサージをしていた。
それをやるせない思いで見ていた。
最初の日以外はいつも私がさゆをマッサージしていたのに、
お役御免になってしまった。

その後もさゆは私と視線を合わそうともしない。
すべて自分が悪いのだと思うし、何も言えない。
やがてフレンチの昼食になって、
さゆはテーブルに置かれたワインをグラスに注ぐと、
あおるように飲み干した。
それを見た私は、たまらなくなって言った、

「僕にあてつけるつもりかもしれないけど、
そんな飲み方をしちゃいけないよ、それに・・・」

「私はもう子供じゃないわ!何を、どんな飲み方を
しようと、あなたの指図は受けないわ」
さゆはそう言うと私を見据えた。


とりつくしまも無くて黙った。
さゆはさらにフォークとナイフを持つと、
普段食べられないと言ってたはずの肉料理を
どんどん口に運び出した。
いつもはゆったりとお上品に食事をしていたさゆとは、
別人のようだった。

さゆは料理に手をつけない私を見て、
「どうしたの、食べないの?人間食べられなくなったら
お終いよ」

どっかで聞いたような文句だなと思いながら、
さゆが食べ物を詰め込む姿を唖然として見た、
さゆは食べ物を口いっぱいに頬張り、ワインをあおった。

そんなさゆに私は皮肉を込めて言ってしまった、

「まるで、豚みたいな食べ方だな」


それを聞いたさゆは、さっと顔を上げてこちらを睨んだ、
顔色が変わっていた、

「そうよ、私は豚よ!」

さゆはそう言うと、いきなりワイングラスをつかむと、
床に叩きつけた、
ガチャンッと大きな音を立ててグラスは砕け散った。
私は驚いて立ち上がった、

「私は豚よ!汚らしい豚なのよ・・・豚なのよ」
さゆの目には涙が浮かんでいた。

「どうしたの?落ち着いて!」
思わずさゆに近づこうとすると、

「嫌!来ないで、私に近づかないで!!」
さゆは立ち上がり泣き叫ぶと、テーブルの皿を辺りに投げつける、

「さゆ!いったいどうしたというの・・・」
さゆに何が起きたのかさっぱりわからなかった、

さゆは大声で泣き喚き、手当たり次第に皿やグラス辺りに
投げつけている。

ももの事でさゆが怒っているにしても、あまりにも
異常な興奮のしかただった。


その時、ドアが開いて山口が部屋に飛び込んで来た、
興奮して泣き叫んでいたさゆが、突然床に倒れ込んだ、
それを見た山口は携帯電話を取り出して、

「大至急10階に医者を寄こしてくれ!」

そして、私に目をやり開いたままのドアを指差して、
「お前は外に出ていろ!」

さゆは気を失っていた。



ドアの外で茫然と立ちすくんでいると、
医者が鞄を持って駆け込んでくると部屋に入った。

しばらくして、ようやく山口が部屋から出て来た、

「さゆは、大丈夫ですか・・・」
私の問いに山口はうなずきながら、

「今、鎮静剤を打って眠らせたところだ。
少し興奮し過ぎたようだ、心配は無い」
「そうですか」

山口は少しの間、私を見ていたが、
「今日は、このまま帰れ。すぐ車の手配をする」


「わかりました」
背を向けて行きかけたが、振り向いて、
「明日は・・・」

「お前もたまには休むのもいいだろう、
明日は来なくていい。そうだ、これを渡しておく」
山口は携帯電話を私に手渡した。


「明日、今後をどうするか連絡をする。これの
使い方はわかるな」
私はうなずいて受け取った。


さゆとは少し距離を置いた方が良いのかもしれないと思った。
それに、この事で自分は首になる可能性もあった。

帰りの車の中で、さゆの言った言葉を考えていた。


『私は豚よ・・・』

その言葉の意味を後に私は思い知らされる事になる。




「生贄」


アパートに帰ると、
今日は昼間のうちに帰らされたので光男の家族に渡す食べ物は無かったが、
もしかしたら光男が帰っているかもしれないと思って
光男の家のドアをノックしてみたが、
中には誰もいないらしく返事は無かった。

部屋に戻ってベッドの寝転がったが、考えることはさゆの
事だけだった。
可哀相なさゆ。ほんの子供の頃から親兄弟と引き離され
飼育小屋のようなブリードビルに閉じ込められている。
そんなさゆの気持ちを思いやりもせず軽率な事を
言ってしまった自分自身に呆れ返る思いだった。

『今、好きなのはさゆだけ・・・』
この想いに間違いは無いはずだった。
ベッドから体を起こして時計を見た、
まだ、3時過ぎだった。
久しぶりに大学へ行ってみることにする。
図書館で調べたい事があった。


同時多発テロが勃発して以来世の中が不安定に
なっていて、大学も休校状態になっているようだったが、
警備員は学生証を見せると構内に入れてくれた。

政府は、権力に対して従順な若者だけを選別して大学に
入れていたので、一世紀も前のような過激派の学生は
存在しなかった。
私もそんな従順な学生の一人だったのだが。

電力が制限されているので、コンピューターの類は
使えないことが多いので、原始的な情報収集の
方法として、紙に印刷された本が復活していた。


図書館で古代史の本を抜き出して読みふけった。
特に古代中南米文化の、アステカ、インカ、マヤ文明などに
関する本を熱心に読んで調べた。

そしてその中の生贄に関する記述に目が止まった。
それらの古代国家の中には、聖なる生贄として少女の命を
絶った後、儀式を行いミイラにして祭ったとある。

それらが、さゆの今後の運命と何らかの関係があるか
どうかは、わからない。
しかし、考えていた事と一致するところがあった。
さゆは生贄にされるのだと見当をつけていた。

しかし、何の為の生贄かはまったくわからない。
それに単純に生贄として命を絶たれるわけではないと
考えていた。
さゆの15歳の誕生日の日に、何か儀式のようなものが
行われるのかもしれない。


翌日の朝、目を覚まし時計を見て、午前8時前だと
気がついて、ブリードビルに行かなくていけないと体を
起こしたが、山口から今日は来なくていいと言われた事を
思い出した。

ベッドから起き上がると、山口から渡された
携帯電話を取り出した。

私が生まれる頃から約30年ほど前は誰でも携帯電話を持って
いたと聞いた事があるが、今では政府の方針で携帯電話は
ほとんど見かけなくなっていた。
たぶん、国民によけいな情報を知られないためかもしれない。


その頃の携帯電話は、カメラやメールなどの機能もあり、
コンピューターとしても利用出来たみたいだったが、
この携帯電話は、電話としての機能しかないシンプルな
物だった。
その日の午後だった、突然携帯電話の着信音が鳴り始めた。
携帯電話を耳にあて、ハイと返事をした。

山口からだった。
もしかすると、仕事を解雇されるではないかという
不安がよぎったが、
どうやら、そうではないようだった。

山口は、すぐに車を回すから直ちに出て来いと言う。
何かただならぬものを感じて、
「何かあったのですか?」
と問うと、
山口は少しおいてから、言った。


「さゆみが自殺をはかった」


思わず息を呑んで、
「それで、さゆは・・・さゆはどうなったのですか」

「それを知りたければ、直ちにこちらに来ることだ」
山口はそれだけ言うと、電話を切った。



聖少女 13