Dark blueの絵日記

ハロプロ関連の記事が主。後は将棋と猫を少々

ラストキッス


ロックヴォーカルオーデションの最終審査に残った裕子を
含めた11名は、厳しい合宿を経て最終選考をむかえ、
その模様はTV番組の中で放送される。

いよいよ合格者の名前が発表された。
唯一人の合格者は裕子と同じ、大阪の18歳の
女の子が決定した。

「彼女なら認められます。私は・・・今の自分から
抜け出したいので、何度でも冒険します」
裕子は敗者の弁を述べて会場を後にした。

大阪へ帰る前に正樹の所へ行くことにした。
結局正樹には、オーデションの事は教えていなかった。


落選した直後で裕子は半ば放心状態で、降りる駅を
何度も間違えてしまう、
ようやく正樹のアパートへ着いたが、もう暗くなって
いて灯った部屋の窓を見つめて、迷いが出てくる、
もうこのまま大阪へ帰ってしまおうかとも思う、

その時、アパートの入口から正樹が出てきた、
若い女の子と一緒だった。

十代に見えるその女の子は、真っ白い服を着て
清楚で可愛いらしい感じの女の子で、正樹と楽しそうに
笑顔で話しながら歩いて行く。

物陰に隠れた裕子は、二人が通り過ぎると
駆け出して駅の方へ向かった。

ふと正樹は振り返り、走り去って行く後ろ姿が
なんだか裕子に似ているような気がして、
女の子を帰すと、後を追ってみることにした。

正樹は後を追って、駅の中に入って行った。
裕子らしい後姿を見つけた、

その裕子は、ゆらゆらと頼りなげに歩いていた、
その後姿が、まるで幽霊のように実体のない姿に
見えて、正樹は胸騒ぎがした。


裕子は駅のホームの最前列に立った。
電車が進入して来て、吸い寄せられるように、
裕子の体が揺れた時、
正樹は思わず後ろから裕子の肩を強く両手でつかまえた。

「裕ちゃん、危ないよ!」


裕子は正樹の顔を睨んでいたが、その手を
振り切ると、走って駅から飛び出した、
正樹も必死に追いかけて、近くの公園で裕子をつかまえた。

「裕ちゃん!何で逃げるんだよ!
さっきは、電車に飛び込むかと思った」

裕子は正樹を睨みながら、
「なんで、うちが電車に飛びこまないけんの!
人を見くびると許さへんよ!」

正樹は笑って、
「そうだよね、裕ちゃんは強いもんね。
オーデションに落ちたぐらいで死ぬような
裕ちゃんじゃないよね」

「・・・なんでそれを知ってるのよ」
「テレビで見たよ。裕ちゃんが出てきた時は、
驚いたよ、なんで言ってくれなかったの、
今日、最終審査だったんだろ。OAは来週
なんだろうけど、その様子じゃ落ちたんだね。
絶対裕ちゃんが合格すると思ってたのに、
くやしいよ」

「・・・・」
「だけど、なんで逃げたんだよ」
「逃げたんや無い!大阪へ帰ろうとしただけや、
それより、あの女の子はなんやの!」

「やっぱり、あやといるところを見たんだな、
あの子は、俺の従妹だよ」

「いとこやて、ウソやろ!騙されへんで!」

「本当だよ!信じてくれよ。従妹のあやとは
ちっちゃい頃から一緒に遊んだ妹みたいな子なんだ、
たまに会いに来るだけだよ、
今、付き合ってるのは裕ちゃんだけなんだ」

「もういい!うちは大阪へ帰る。
もう東京へ来ることもあらへん、あんたとも
これで終わりや」

裕子は駅へ歩き出した。

「俺、送ってくよ・・・」
「勝手にしい!」

東京駅に着いて、新幹線を待っている時、
裕子がぽつりと言った、

「正樹、なんでうちなんか好きになったの・・・」
「笑うかもしれないけど、俺の死んだ姉ちゃんに
裕ちゃんが似てたんだ」

裕子は笑って、
「ウソやろ、そしたらあんたは自分の姉に似てる
女を出会ったその晩に抱くなんて、ようそんなこと
できるわ」

「本当だよ。あの時は明日には東京へ帰らないと
いけなかったし、あれしか考えられなかったんだ」

「お姉さんて、どんな人やったん」
「裕ちゃんみたいに、ぽんぽん言うけど、とっても
優しくて大好きだった。病気で亡くなった時、
とても信じられなかった・・・」
正樹は下を向いて拳を握りしめた、

「そうやったの」 裕子はしんみりと言った。

大阪行のぞみが入ってきた。


向かいかけた裕子を正樹はその腕を引き寄せ、
抱きしめると、唇を合わせた。


唇を離して、裕子の瞳を見ると涙が浮かんでいた。

「裕ちゃんは、また必ず東京へ戻って来るよ。
絶対にそうなる、そんな予感がするよ」

「ほんまに、ほんまにそう思うの」


発車のベルが鳴り出した。

「じゃ、その時を待ってるよ」

扉が閉まり、動き出したのぞみの中から
手を振る裕子を達也は見送った。


 終わり。