2003年、春。
アイドルユニット、ハッピー★ドリーム。の新曲のレコーディングが
行われていた。
「すべて終了です。お疲れ様」
プロデューサーの寺内がメンバーにねぎらいの言葉をかけた。
すると、リーダーの飯田圭織が寺内に、
「寺内さん、ちょっといいですか・・・」
寺内は圭織の思いつめたような表情に、別室で二人だけになると話を聴いた。
「今日のレコーディング、あれでいいんですか!」
圭織は怖い顔で寺内を睨みつける。
寺内は圭織の顔を見つめ返し、
「あれでOKです。なにか文句があるなら聴きましょう」
「文句を言うんじゃないんです、でも今日の私の歌は自分でも不満なんです。
どうせ今度の曲では私はコーラスだけで、ダンスも後ろで踊っているだけです、
だけど、それでも自分なりに真剣に考えて歌っているんです。
今日の自分の出来には、不満を持っています、もっと直したい所があるのに、
本当にあれでいいんですか!本当にあれでOKなんですか!」
寺内はメガネを直しながら、
「どうした圭織、今日はやけに突っかかってくるじゃないか、なにかあったのか」
寺内は口調を変えて言った。
「なにもありません!ただ、ただ・・・」
「圭織はコーラスだけだからと、俺が多少不出来でも妥協してOKを出したと、
圭織は思っているのか」
圭織は、小さく首を振ってうつむいた。
「これまでのハッピー★ドリーム。の曲すべて、これから出す曲すべてにおいて、
メンバーの誰かが欠けたら、成り立たないと俺は信じている」
寺内は両手を上げて、10本の指を開いて見せた。
「この両手の指全部が、今のメンバー10人だと思う。
どれかの指が欠けても成り立たなくなる。たとえ、小指一本でも
動かなくなったらその手はまったく使えなくなるし、
日常生活すべてに支障をきたす。
俺はこれまでメンバー全員を平等に接してきたし、どんな曲においても、
それぞれ重要なパートを与えて来たと自負している。
誰においても、いっさい妥協なくプロデュースしてきたと思っている。
しかし、圭織がわずかでも俺が妥協してOKを出したと見えたとしたら、
それはすべて俺の非であり、すべて俺の責任になる。
圭織、俺が悪かった。すまない」
寺内は圭織に向かって頭を下げた。
圭織は激しく首を振り、肩を震わしている、
寺内は立ち上がり圭織の側に行き、その肩に手をおいた。
「圭織、どうしたんだ、今日のレコーディングだけのことではないのだろう、
なにか悩んでいるのじゃないか、俺に話してくれないか」
寺内は優しく言葉を掛けた。
「もう、限界なんです!」
寺内は圭織の隣に腰を降ろした。
「なにが、限界なんだ」
「私には好きな人がいるんです」
「・・・・」
圭織は、大きな瞳を見開いて寺内を見ながら、
「片想いなんです。彼のことをいつもいつも、こんなにも想っているのに
気づいてもくれない。
こんなにも好きなのに、わかってもくれない、
私のことを、なんとも思っていないみたい・・・。
私が、いつもいつも、必死の想いで見ているのに、
振り向いてもくれない、いつも片想いのまま・・・。
もうこの想いも限界なんです」