Dark blueの絵日記

ハロプロ関連の記事が主。後は将棋と猫を少々

りんご 一

「海が見たいんです」
少女は言った。


車に戻ると少し離れた所に少女が立っていた。
16、7歳ぐらいに見えた。
少し車の中で書類を調べていた。

数分ほどして顔を上げると少女のまわりに3人の少年が
立って少女に話しかけていた。明らかに少女は
困惑していた。少年達は誘ってるように見えた。
ちょっと迷ったが、

車の外に出ると近づき、いかにも待ち合わせたように声を
掛けた。少女はほっとしたように私に向かって
歩み寄った。長身でがっちりした体格の私を見て少年達は
いまいましげに立ち去った。

「誰かを待ってるの?」
少女は首を振った。

「良かったら送るよ」
少女は私と車を見比べた。


車に乗ってくる。
見ず知らずの男性の車に乗ってくるとは、軽率な行為と
言えない事もないなと思った。

私は名刺を渡し自分の職業を言った。
名刺にはスマホの番号とメールアドレスが載っている。
自分は、39歳で小さいながら自分の会社を持っている。

少女はその名刺を少しの間見ていたが、
「私、りんごと言います。知ってますか?」

名前は知らないけど、どこかで見た事があるような気も
したが、知らないと答えると、

「私アイドルなんです」

アイドルならば、テレビなどで見たかもしれない。

ここで何してるのと聞くと、黙っている。
何処へ行きたいのと聞くと、

「私、海を見たいんです」
「海なら近くは港だからすぐ見れるよ」

りんごは首を振った、

りんごは、見たい海があるからそこへ行きたいと言う。

子供っぽく見えるので、歳はいくつか聞いてみると二十歳と
答える。それなら問題は無いように思える。

その場所はここからなら高速で行けば一時間半ぐらい。
それにいつも通る道だった。
私でよければと言うと、
りんごはうなずいた。

車を動かす。

「素敵な車ですね」

2シーターでオープンカーだった。
ビジネス用が車検なのでこれに乗ってるわけ。
インターから高速に入る。

ジャンクションから片側一車線の専用道路に入る。
隣にりんごを乗せてるからゆっくり走る。

年甲斐もなく可愛い女の子とドライブする事
になるなんて。

私はまだ独身だった。
何人かと付き合ってた事はあるが、
仕事が忙しいのもあったがまだ結婚する気に
なれないでいた。


運転しながらふと、冗談まじりに、

「二十歳でよかった。18歳以下だったら誘拐になる」

「ごめんなさい。本当はまだ19なんです」

思わずりんごの顔を見た。次のインターで降りようかと
思ったが19なら問題無いと思う事にする。

「なぜ歳を一つ上に言ったの?」

「私若く見られて、いつか中学生と思われたんです。
もうすぐ成人だからつい二十歳って言ってしまって」

「わかるよ。何処から来たの?」
「東京です」

なぜ九州に来たのだろう、

「ライブに来たのです」

何処の?と聞くと、福岡と答えた。
それだと福岡とは離れて行くけど大丈夫かと聞くと、
大丈夫です。ライブの前に行きたかった。と言う。

なにか釈然としないが、色々あるのだろうと思う。

りんごは熱心に外の様子を眺めている。

「後一時間ほどで海が見えるよ」
りんごは笑顔になった。

「今日、福岡でライブがあるんだよね」

りんごは下を向いた、
りんごを見ていて感じた事を聞いてみる、

「もしかして、ばっくれるつもり?」

りんごは顔を上げて首をかしげた。

「ばっくれる。ってどういう意味なんですか?」

「本来の意味は、しらばっくれる。知っているのに
知らないふりをする。なのだけど、それから転じて、
大切な用事から逃げ出す。さぼる。という意味にも使う」

またりんごは下を向いた。

「私は後の意味で使った。りんごは逃げ出したんだね」

りんごは下を向いたままだった。

「一人じゃ勇気が出なかったけど、
私が現れたのでこれさいわいと利用した?」

「違います・・・」
明らかに動揺してる。

「まだ時間はあります」
下を向いたままで言う。

「ライブは何時から?」
「午後五時からです」

時計を見ると午前十時前だった。
確かに時間はあるようだ。

「わかった。変な事言ってごめん」
りんごは首を振った。

「りんごはアイドルってソロで歌ってるの?」

「グループで活動しています」

しばらく走り続け、
分岐点から片側二車線の高速道路に入った。

「ライブはよくやってるの?」
「多いときは年間200公演以上やっています」

「それはすごいね。歌番組たまに観るけど、
りんごは見た事無いね」

「テレビにはあまり出た事無いんです」
少し悔しそうな表情を見せる。

海沿いのルートに差し掛かってきた。

「そろそろ左側に海が見えてくるよ」
高速は山の上の方を通るので左下方に湾内が見えてくる。

「あっ見えた!」
りんごが思わず声を上げる。

「すごい綺麗!前に来た時は下の道を通ったんです」
「そうなんだ。下の国道を通ったんだね」

「その道を通れますか?」

「それだと高速を降りないと、あっーー!!」
その降りるべきインターの出口を通り過ぎてしまった、

「ごめん!うっかりしてインターの出口を過ぎてしまった」
「ええーー?!戻れないんですか」

「その、高速ではUターンは出来ないんだ」

りんごは見るからに落ち込んで、
「前にあの道からの海の眺めがものすごく綺麗で、
絶対もう一度見たいって思ってたのに」

うらめしそうに私を見る、

「本当に悪かった、次のインターで降りるから」
そのインターは降りた事は無かったけど必死で
ルートを考えた、
見るとりんごは涙ぐんでいる、

「大丈夫!次のインターで降りたらすぐにその国道に
行けるよ」

りんごはハンカチで涙を拭くと、
「もういいんです。きっと罰が当たったんです」

「え?罰って何?」
りんごは首を振った。


「では少し先のインターで降りて、綺麗な海沿いの
道を通り、海岸に降りられる場所があるけど行って見る?」
りんごはうなずいた。

そのインターで降りて、10分ほど走ると海が見えて来た。

りんごは乗り出さんばかりに海を見詰めている。

「前に見た海と比べてどう、綺麗?」

りんごは目を輝かせて大きくうなずいた。
「同じくらい綺麗な海です!」

「今日は晴れてるから向こうの四国も見えるよ」
「四国に行けるんですか?」
「もう少し行けば四国へのフェリーがあるよ」
四国へは行くつもりは無いが。

海岸に面した小さな道の駅に車を入れる。

りんごは降りて柵につかまり海を眺めている。
「わああーーーーー綺麗!」

「今干潮だからわりと先の方まで行けるよ」
りんごは子供のようにはしゃいで、
「早く行こうよ!」

「階段は急だから急ぐと危ないよ」
手を差し出すと、りんごは私の手を握ってくる。



そこの海岸は砂浜は少なくゴツゴツした大きな
岩だらけだった。
りんごはその岩の上をどんどん行くので手を掴まえて
無いと危なくて仕方ない。

押し寄せる波打ち際に手を入れて、
「冷たいーーー!」

後は道の駅の売店で色々買わせられる。
そして名物のうどんを二人で食べた。
後はまた外のベンチで海を眺める。

海を見ながら何気なく、
「そろそろ本当の事を聞きたい」

りんごは身を固くする。

何かを隠してると感じもう一度問いただした。
「ライブをばっくれるつもりだったの?」

りんごは観念してうなずいた。

「ライブは何時から?本当の事を言って」
「ごめんなさい。ライブは二回で2時と5時なんです」

さっと時計を見た、11時過ぎ。
公演の場所を聞くと、博多の天神だと言う。
2時だと、ぎり間に合うかどうか、

すぐさまりんごを急かして車に乗せると、
ただちに発車させる。

「飛ばすからしっかり掴まって。それから今から
行くと連絡して」
りんごは首を振って、

「無断ですっぽかした私なんか、もう来なくていいと
言われるわ」
「いいから、連絡して。ダメだと言うのなら私が出るから」

すぐに出られるようにコンビニの駐車場に車を入れる。


「りんごです」
相当きつい事を言われてるようで、はいはいと何度も
頭を下げている。

りんごはスマホを切ると、
「来る気があるなら、絶対に遅れないようにと」

来た道とは別の高速に入り、ひたすら飛ばして行く。
覆面パトカーに捕まらないように祈るだけ。

一時間ほど飛ばしていると、お手洗いに行きたい、
と言うので、サービスエリアに入って行かせる。

戻って来たりんごに、
「アイドルを辞めるつもりだったの?」

「何もかも投げ出したくなって・・・」

理由は聞くつもりは無い。
「りんごが辞めようとどうしようと止めるつもりは無い。
自分の自由に生きればいい。
ただ、辞めるなら落とし前をつけてから」

落とし前とは、ファンの前でけじめをつける事。

「何年その世界でやってるの?」

「9歳の時養成所に入って、4年後にデビュー出来て
合わせて今年で10年目です」

「それだけやってるのならファンも多いと思う。ちゃんと、
ファンの前で最後のお別れを言って辞めるべきだと思う」
りんごはうなずいた。

車を本線に出してまた飛ばし始める。

9歳でアイドルになりたくて何度もオーデションに落ちても
努力をかさねて4年以上かかってやっとデビュー出来て、
ここまで来たのにそれをすべて投げ出したくなるというのは、
どんな理由何だろうと思う。

「時間に間に合えばステージに出して貰えると思うよ。
応援してるメンバーが欠席するとなるとチケットの
払い戻しを要求するファンが多数出てくるからね」
りんごはうなずいた。

ひたすら飛ばしていると、
助手席のりんごがぽつんと、

「社長さんなんですよね」
「なんとかね」
「辞める事になったら、雇って貰えますか」

思わずりんごの顔を見る。真面目な顔だった。

「社員は少ないし、お茶を入れるのは私の役目なんだけど、
お茶くみの女の子が欲しい所だけどね」

「私、お茶を入れるのは得意なんですよ!」

声を出して笑ってしまう。


なんとか、ライブの30分前に会場に着いた。
りんごは車から降りると、深く頭を下げた。
「本当にありがとうございました」

私はうなずくと、
「ファンは元宮さんを待ってるよ」

りんごは行こうとして振り返った。きっと私を睨んで、

「本当は、私の事をよく知ってるんでしょ!
私、元宮りんごの事を知ってるくせに、とぼけてたの!」

つい、りんごの苗字を言ってしまった。

「ごめん!会ってる内に思い出したんだ」

「嘘ばっかり!知らない振りをするなんてひどい!」

「知らない振りをするつもりは無かったけどつい言い出せなくて。
悪かったよ・・・早く行きなさい」
頭をかきながら言うと、

「仕方ないわ。許してあげる」
りんごは笑顔を見せて、会場のライブハウスに入って行った。


道路を渡った向かいの所にある駐車場に車を入れた後、
当日券があったので、そのライブハウスに入った。

開演して、
最後方でメンバーと一緒に楽しそうに歌うりんごを眺めた。
りんごは最後まで辞めるとは言わなかった。

終わって、握手会が始まったので帰ろうとしたら、
りんごが私の名前を大きな声で呼んだ。

「後ろに居るのが見えたの。また来てね!」


りんご 終り





りんご 2